短編集 | ナノ

幸村くんと秋田県

「ほら幸村くん!早く!ここが噂の稲庭うどんのお店!」
「わわ、待ってよ吹雪」




大学卒業の春。
私は恋人の幸村精市と共に私の故郷、秋田県へとやって来た。
幸村くんとは大学で出会い、二年になった頃に付き合い始めた。
中学生の頃から日本テニス界で神の子と呼ばれていたらしい彼は、立海大に通いながらプロとして活動。
大学卒業からは、本格的に海外を飛び回る生活に入る。
その前に、是非私の両親に挨拶を…と言ってくれたのが年末のこと。
――結婚を前提にお前とは付き合ってるつもりだよと言われて思わず泣いたことは記憶に新しい。
そしてどうせなら、と秋田県に来たことがないという幸村くんのために近所の有名観光スポット、角館を案内することにした。

「稲庭うどんっていう名前はこっちでも割と見かけたなあ」
「最近増えたよね。でも本場の稲庭うどんは全然違うから」

それは楽しみ、と頬を緩める幸村くんにつられて私も笑う。
お互いに食べる物を決め、店員さんにオーダーを伝える。

「にしてもさっきの武家屋敷――っていうよりは角館全体の雰囲気かな。真田が好きそうだ」
「あ〜真田くん違和感なく溶け込めるよね、確実に」

角館は武家屋敷や商家等の建造物が数多く残されている場所で、「みちのくの小京都」とも呼ばれる場所。
秋田の観光としたら大分ベタだけど、ベタだからこそ見てほしい気持ちもあった。

「ほんとは5月の始めくらいに来れたら桜が綺麗で最高なんだけどね…」
「それはちょっと見たかったけど、またいつかその頃に来ればいいだけだろ?そんな残念な顔するなよ」
「…うん!」

また【次】の約束をしてくれる幸村くん。
ずっと先の未来まで想像させてくれる言葉がたまらなく嬉しい。

「この後の予定は?」
「デザートに参ります」
「デザート?」
「うん。まだちょっと時期的に早いかな〜?と思ってたんだけどさっき売ってるの見かけたから安心した」
「…何の話?」
「あれ、お屋敷から出たときに気付かなかった?ビーチパラソルの下の何かを売ってるおばちゃん」
「…そういえばいたような」

それが一体何なの?と首を傾げる幸村くんに、私はにんまりと笑いながら答えを言う。

「あれはね、ババヘラアイスって言うアイスを売ってるの!」
「ババヘラ…?聞いたことないな」
「んとね〜見ないと分かんないと思うんだけど、バナナ味とイチゴ味の二色アイスでね?大きい缶に二つとも入ってて、おばちゃんがコーンの上にヘラで交互に盛り付けてくれるの」
「へ〜なんか想像しにくいかも」
「見てるだけで何故か楽しくなってくるよ!こっち住んでたら定番のおやつって感じ。素朴な味でおいしいよ〜!」

都会には中々ない味!と拳を作って力説する私。
気が付けば目の前の幸村くんは若干苦笑いで私を見ているような気がして急に恥ずかしくなってきた。

「…なによう」
「いや?吹雪は食べ物の話をしているときが本当に楽しそうだな〜って。ブン太を思い出すよ」
「……丸井くんと同じレベルなの…?」

ちょっとそれはショックでかい…と肩を落とすと、今度はケラケラと笑う幸村くん。
…こんなに笑われるなんて心外だ。

「こーら、何をそんなむくれてるの」
「むくれてません〜怒ってるんです〜」

分かってるくせに聞いてくる彼が何だかすごい悔しくて私はぷいっとそっぽ向く。
すると幸村くんは「あのねえ」と大きなため息を吐いた。

「吹雪が食いしん坊なことはとうの昔から分かってることなんだから」
「否定は出来ないけど何かむかつく!」
「そのむかつきを特に俺は気にしない」
「してよ!幸村くんのせいなんだから!」
「俺が気になるのは折角こうして秋田まで来てるのにいつもと変わらない口論でお前の笑顔が見れなくなってることだけど」
「っ」

思ってもみない言葉に、言葉がつまる。
…確かに。確かに、こういう本気でもなんでもない口論は日常会話だ。
それが今回の旅行で思い返してみればいつもよりは少ないな〜と思うけど。

「…その言い方はずるい」
「ずるくて結構、紛れもない本心だし?」

そういつ見てもドキッとしてしまう幸村くん独特の笑い方と共に言い切られて、私は完全に降参するしかない。

「幸村くんのこういう所天性の女たらしだと思う」
「人聞き悪いな。俺は吹雪しか誑し込んだ記憶ないけど」
「やっぱり誑し込まれてる!?詐欺!?」
「ってかそういうお前こそさ――俺のこといつ名前で呼んでくれるの?」
「!」
「ずっと言ってるよね?」
「だって、」
「だって」
「……せーいちくんとか恥ずかしすぎて死ねる」
「…もっかい言って」
「無理!!!」

突如照れだした幸村くんと意地を張るしかなくなった私。
この不毛な会話は頼んだうどんが目の前に出されるまで続いた。

――帰るまでに一回くらいは、精市くんって呼ぼうと決意したのは内緒の話。




prev / next

[ back ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -