短編集 | ナノ

夜這い

――姉貴と喧嘩した。
昔から兄弟間の仲は良かったと思う。
軽口の叩き合いはしょっちゅうだったが、喧嘩という喧嘩はほとんどしたことがなかった。
それが大学2年になった今になって。

「雅治、あんたちょっと遊びすぎじゃない?」
「…は?なんじゃ突然。遊んでるつもりはないし、今更そんなん言われるの心外なんじゃけど」
「遊んでるつもりはない?ほとんど家にいないくせに何言ってるの?」
「夜は帰ってきとるナリ。外泊はそんなせん」
「日付変わってから帰ってきてそんなことよく言えるわね」

仕事で何かあったのかもしれない。彼氏と上手くいっていないのかもしれない。
そう頭の片隅で思うくらいに姉貴が苛立ってるのは分かった。
けれど、いきなりこんなこと言われたら流石の俺も怒る訳で。
売り言葉に買い言葉を重ねた結果。

「あんたが変わらない限り門限8時だから」

――見事にこんな強硬策をとられてしまった。

「も〜なんでよりによって今日…」

そう零した呟きは顔を埋める枕に吸い込まれる。
――門限8時の生活が始まって早4日。
授業が終わって友達と夜飯に行ったりお気に入りのダーツバーに顔を出したり、一人でレイトショーを見に行ったりと大学生活を満喫していた俺の生活は一変した。
授業が終わればその日やらなければいけないことを適宜こなし、余裕があれば友達とご飯…ではなくお茶をして帰る。
遅い日は6時すぎに授業が終わるから、ほぼ直帰。
大学の友達には不思議がられるし、中学からの付き合いの奴らには笑われる。
特に先ほど言ったお茶に付き合ってくれるブン太には盛大に笑われた。

「ンなに愚痴るなら守らなきゃいいじゃん。仕事入ってたら分かんねえだろぃ」
「そんなこと出来る訳なか!門限のこと家族全員に言っとるし、何より姉貴には逆らえん」
「ああ…お前の姉ちゃん怒るとめっちゃ怖えもんな……」

そう、俺がこんな中学生のときよりも厳しい生活を余儀なくされている最大の理由はここである。
小さい頃から姉貴には逆らえん。
コート上の詐欺師とか言われてた俺も、姉貴の前じゃただの弟な訳で。
情けないことに自分じゃどうにも出来んから、幸村にそれとなく相談したけどあいつが協力なんてしてくれるはずもなく。

「いいじゃないか、家族といる時間を楽しめば。そんな生活してたんじゃ家族と一緒にいる時間も随分減ってただろう?」

そう言われて逆にこっちがそういえばそうだ、とうっかり門限に意味を見出して困った。
――確かに幸村の言う通りだった。
中高時代はまさにテニス一色の生活をしていて家には夜しかいなかったし、随分迷惑と心配をかけた。
大学に入って部活としての本格的なテニスをやめた今は、外での生活中心で家にいないことの方が遙かに多い。
夜に帰ってこない分、昔は普通だった家族みんなで食卓を囲むことも減り思えば家族のことがよく分からなくなっていた。
ところが門限がつくようになって家にいる時間が多くなれば、皆の1日の話だったり立海の高等部テニス部の弟から色々話を聞いたりとどこか懐かしい時間を過ごすようになって。

「姉貴の言いたいことは何となくわかったけど…は〜〜……」

多分俺が考えていることは正解だろうから、一言謝って正直に言えば許してもらえるだろう。
けどこの年になると意地が邪魔して素直には謝れない。
その結果――あと10分もすれば誕生日を迎える今このときを俺はベットの上で不貞寝している。

「主役抜きで飲んでるとかひどすぎるぜよ…」

そう湿った声音で見つめる携帯の画面には1時間前ほどに送られてきた写真と一言が映し出されている。
送り主は、高校のときから付き合っている元テニス部マネージャーの吹雪。

【雅治誕生祭前夜祭なう】

そんなふざけた言葉と一つ下の赤也を含めた立海レギュラー全員出席の飲み会の写真。
――本来なら、俺もその場にいた場所。
高校を卒業して以来、全員で集まる機会は滅多になくなった俺達だが、メンバーの誕生日には必ず集まろうという幸村の言葉で開かれてきたそれ。
今年は20歳になる年で順番に酒も解禁されていく年だから、日付が変わる瞬間を一緒に――ってことになっていて柄にもなく楽しみにしとったのに。
まさかの門限で俺だけ不参加になって今に至っている。

「も〜知らん…」

見れば見るだけ虚しくなっていくそれとあと3分で日付が変わることにため息を吐いて、俺は携帯を放り投げて布団を被った。
もういい、こうなったら寝てやる。
そう決めてぎゅっと目をつぶった瞬間。

「雅治?いるんでしょ?」

――姉貴の声がノック音と共に聞こえてきた。
今見たくない姿に聞きたくない声。
今日ばかりは耐えられんと、俺は更に目をきつく閉じ寝たふりをする。

「寝てんの?入るよ」

おいなんでそこで入る選択があるんじゃ!と心の中で声を荒げながら俺は身動きせず布団の中で丸まる。
カーペットが足音を殺すからよく分からんけど、物音が聞こえないからどこかを探ってるという訳ではなさそう。
そのことにほっとした瞬間――

「!?」

ギシリ、とベットが軋み自分のじゃない重さを直に感じる。
「何してるんじゃ!」と慌てて顔を出して起き上がれば。

「お誕生日おめでと、雅治」

――視界いっぱいにここにあるはずのない大好きな笑顔が広がって、目を見開くと同時に唇に熱を感じて俺の体は再びベットに沈んだ。

「な、ん、吹雪!?」
「え、他の誰に見える?」
「そ、そういう問題じゃなか!何でここにおるんってか何しに、」
「え、夜這いしに?」

…そう俺の上でわざとらしく笑う#名前#に頭を抱える。
こいつのこういうところはいつものことじゃけど、今この状況で流すわけにはいかない。

「も〜ちゃんと説明して…」
「説明も何も今日は雅治の誕生日なので一番におめでとうを言いたくて馳せ参じただけであります」
「…何キャラぜよ…」

どこからツッコめばいいか分からない物言いにため息が出るが、思ってもみない言葉に嬉しくなって不覚にもきゅんとしてしまった自分が憎い。

「…何をしにきたかは分かった。けどなんで俺の部屋に」
「皆普通に通してくれたよ?」
「いやおまんが来たらそりゃ通すだろうけど、さっき姉貴の声がし…て、」

そこまで口にして思考が止まる。
そうだ。驚いて忘れとったけどノック音と共に姉貴の声がしたから俺は――。

「…姉貴グルなん?」
「ん〜?」

俺の問いには答えずに、にっこり笑って#名前#は「そろそろ行こうか」と俺の手を引いて立ち上がる。

「行くってどこに!」
「来れば分かるって」

引っ張る吹雪に慌ててついて行けば、辿り着いたのは1階の閉ざされたリビングへの扉の前。
そこで手を離した#名前#はやっぱり満面の笑みで俺の後ろに下がり、早くドアを開けるように促す。
――自分でもよく分からないけど、ドクンドクンと心臓が早鐘をつく。
俺は恐る恐るドアノブに手をかけそっとドアを開ける。

「「誕生日おめでとう!!」」

いくつもの馴染みの声とパアンっと弾けたクラッカーの音が耳に飛び込んでくる。
…流石の俺も今度こそ固まった。

「あはは!先輩ったら固まってる!」
「仁王が事態を把握しきれていない確率100%」
「こ、こんな夜中にクラッカーを鳴らしてよかったのだろうか」
「ちゃんと音が小さいものを選んで仁王くんのご家族にも許可をとっていますし、その心配は野暮というものですよ。真田君」
「そうだぜ真田!まあいざとなれば怒られればいいんだし、ジャッカルが!」
「俺かよ!」
「ほら、仁王。そんなところにつっ立っていないで早くおいでよ」

状況が飲み込めない俺を幸村が手招きし、吹雪が背中を押す。

「…は、え、は?」
「あはは!雅治超間抜け面!」

そうケラケラ笑い飛ばすのは姉貴だが、その隣には父さんも母さんも弟もいて可笑しそうに笑っとる。
――立海の仲間と家族皆に誕生日を祝われてる。
今まであるようでなかった光景に、俺は息を呑んだ。

「びっくりした?」
「…びっくり、てかもうなんか訳分からん…」
「えへへ〜雅治おたおめ夜這い作戦大成功〜!」

イェー!とブン太達とハイタッチを交わす吹雪。
呆然とその様子を見ていると柳生が近づいてきた。

「状況は分かりましたか?」
「…まあ、なんとか」
「言い出したのは吹雪さんですよ」
「吹雪が?」
「はい。お姉さんと仁王君の話をしていたら思いついたそうで。ご両親も成人する年だから折角だし是非、と」
「…俺より姉貴とメールしとるんかあいつは」
「あなたの話しかしていないみたいですよ、メールで」
「…てことは門限も全部」
「ええ、今日のためのものです。――雅治が大好きで雅治の事が大好きな皆でお祝いしたいって」
「………」

自分の全く知らないところで進められていた計画に急に気恥ずかしさを覚える。

【雅治が大好きで雅治の事が大好きな】。

言った覚えのない…本心は、あいつじゃないと分からないこと。
出会ったときからずっとひたむきに黄色い小さなボールを追いかけた日々。
苦しい時も楽しい時もどんな時も共にいた仲間。
こいつらがおらんかったらなんてこと、もう考えたくもない。
そしてこいつらと出会うことが出来た…俺がこの場所に立てているのは全部家族のおかげ。
こんな俺を育て見守り続けてくれた両親と、なんだかんだで支えてくれとる姉弟。
そして――こんなにも大切な気持ちを思い出させてくれた俺の大事な大事な人。
親友であり仲間であり…恋人である吹雪。

「「雅治」」
「「仁王」」

生まれて20年目の今日。

「「改めて、誕生日おめでとう!」」

俺は今。

「生まれてきてくれてありがとう」

世界一の。

「出会ってくれてありがとう」

――幸せ者ナリ。

「…プリッ」



***


仁王くん、誕生日おめでとう!
実り多き1年になるよう願っています。


2013.12.4 お題:夜這い

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