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「先生、コーヒー入りましたよ」
「うむ。ありがとう名前」
新春恒例年越社員旅行が終わり、事務所へと帰って数日が経った。
あれからナオミさんからの音沙汰は何も無く、またいつも通りの日々が戻ってきたのだ。
ホッとしたような、まだ少しモヤモヤするような。そんな不思議な気分に駆られる。
…でも。
ちらりと先生の横顔を盗み見る。
先生と無事に仲直り出来た事が、今は純粋に嬉しいのだ。
明智探偵事務所 事件簿 Vol.15 (最終回)
「ねぇー、僕のコロコ◯コミック知らなーい?」
「あ、それならおいが片付けたとです」
「ナカヤマくん、本散らかしちゃダメだよ」
少年たちがわいわいと話していると、いきなりドンドンッと扉を叩く音がした。
皆が驚いて扉の方を目にする。
なんだなんだ、新手のいたずらか?
「なんでしょう先生…」
「さぁ…浪越警部では無さそうですし…」
恐る恐る皆でドア穴を覗くと、なんとそこには。
「ナ、ナオミさん?」
あの強い眼力のナオミさんが立っていた。
急いで扉を開けると、そこにはきちんとスーツを着こなしたナオミさんの姿が。以前のような派手な服装とは打って変わって落ち着いた雰囲気だ。
「ナオミさん、どうしたんですか」
「お久しぶりね、明智さん」
「みんな心配してたんですよ」
先生がナオミさんに問うと、彼女は内ポケットから一枚の名刺を出して、わたしたちに差し出した。
そこに書かれていた文字に、思わず驚愕する。
「お、尾南探偵事務所…?」
「そうよ。貴方達にもう一度対抗しようと思って。探偵事務所を立ち上げたの」
自慢気な表情のナオミさん。
思わぬ展開に、先生もわたしも少年達も、ぽかんとしてしまう。
まさか、同業で立ち向かってくるだなんて…。
「あとね、もう一つ言うと、やっぱり私…貴方達が羨ましかったの」
「へ?」
「特別な仲間と共に仕事をする事。信頼し合える事。…今までそれが出来なかった私には、貴方達がとても眩しく見えた」
「ナオミさん…」
さっきまでギラギラとしていた眼力は何処へやら、優しい眼差しで微笑むナオミさん。
そんな彼女の笑顔に、胸の辺りがじんわりとするような感覚に包まれた。
彼女は彼女なりに、思うことがあったのだ。
そんな彼女の気持ちに触れることが出来たようで、何だか嬉しくなった。
「だからまた勝負よ! 明智竜太朗!」
「うむ。受けて立ちましょう、ナオミさん」
先生が差し出した手を、ぎゅっと強く握るナオミさん。その手は以前のような甘ったるいものではなく、ライバルとしての固い握手だった。
「じゃあこのくらいで私はおいとまするわ。絶対負けませんからね」
「もちろんです。わたしたちも負けませんから!」
彼女は一礼し、そのまま事務所を去って行った。
また新たなライバルとなってしまったが、気持ちは清々しい。
先生や少年達も同じ気持ちなのか、みんな笑顔でナオミさんを見送っていた。
「よーし! おい達もやったるばい!」
「もっともっと事件を解決しましょうね!」
「僕も頑張る!」
ケンケンくん、長谷川くん、ナカヤマくんが次々とデスクへ向かう。
「先生、わたしたちも仕事しましょう」
「うむ。……名前、ありがとう」
先生が顔を覗き込んだと思ったら、一瞬、ふんわりと唇が触れた。
あまりに突然の出来事に、思わず固まってしまう。
「ほら、名前。行きますよ」
「あ、あ、はい」
そう言う先生の微笑みはいつもよりも嬉しそうで。わたしの頬も綻んだ。
ここは明智探偵事務所。
名探偵の中の名探偵、明智竜太朗と、その助手が4人在籍する探偵事務所である。
そして、わたしの大好きな仲間たちが集合する、素敵な素敵な探偵事務所なのである。
(明智探偵事務所、今日も元気に出動です)
END.
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