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部屋に戻ると、豪華な食事が並んでいた。さすが、立派な旅館だけあります。しかし、僕の心は楽しくも嬉しくもない。
ひとつ、重たいため息を吐いた。
明智探偵事務所 事件簿 Vol.12
テーブルの端に座ると、名前は僕から一番遠いところへ座ってしまった。一瞬も目が合わず、ただただ僕の視線も下降するばかり。
さっきはさすがに言い過ぎたと思う。ついカッとなってしまったのだ。だって名前ってば、僕とナオミさんがくっ付いても〜…なんて言うんだもの。
でも、もうだいぶ熱も冷めてきて反省している。大好きな名前を泣かせてしまったことを、ものすごく後悔している。
一言話しかければ、きっと名前も応じてくれるだろう。しかし、なかなか言い出すことが出来ない。そんな臆病な自分が大嫌いだ。
「明智さぁーん、蟹美味しいわよ。はいどうぞ、あーん」
ナオミさんが、僕にあーんを促す。というか、いつの間にこの人は僕の隣に座ったのだろう。
しかし、もう何を思ってもしょうがないので、おとなしく口を開ける。
もぐもぐと蟹を頬張りながら、ちらりと名前に目をやれば、彼女は俯いたままだった。
「先生、どうしたんですか?」
「……へ?」
ぼんやりしていると、向かいに座る長谷川少年に声をかけられた。彼は、心配そうな、でも真剣で少し悲しそうな…そんな複雑な表情をしていた。
「先生、さっきから変ですよ。全然元気が無いし…。ずっと無理して笑ってます」
「…そんなことはないですよ、長谷川少年」
「そんなことあります!…誤魔化さないでください。せっかくの新春恒例年越社員旅行なのに…」
「そうですよ先生。ぼく、先生が元気ないの嫌だ」
「そうです!おいもこの旅行、せいいっぱい楽しみたかです」
長谷川少年に続いて、ナカヤマ少年やケンケン少年も口を開いた。
ああ、僕は少年たちにこんな顔をさせてしまっていたのか。
色んな反省が押し寄せて、潰されそうになる。
ごめん、と謝ろうとしたその瞬間。
隣でバンッと勢い良くテーブルを叩く音が聞こえた。
驚いて隣を見上げると、ナオミさんが立ち上がって僕を睨み付けていた。
「ばっ…ばかじゃないの、あんたたち…。もう知らない!」
「ちょ、ナオミさん?」
そのまま部屋を飛び出してしまったナオミさん。
一体どうしたのだろうか。
残された5人は、ぽかんと口を開けたまま。
しん…と沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは名前だった。そして、意外な言葉を口にした。
「先生!早くナオミさんを追いかけないと!」
「えっ…でも、」
「……ナオミさんは悪者です。大嫌いです。でも、今は明智探偵団の一員です」
そう言って部屋から出て行く名前。その後に、バタバタと少年たちも続く。
ああ、そうか。
僕は、彼女のこういうところを好きになったんだ。
しかし、今はそんなことを悠長に考えている暇はない。
僕も下駄を履き、急いで皆の後を追った。
(これは任務じゃない。優しさなのです。)
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