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「へー、ナオミさんがそがんこと言ったとですか」
「うん。ちょー怖かった」
晩ご飯までの間、ケンケンくんと旅館の周りをお散歩することに。
ふと、さっき温泉でナオミさんに言われた言葉を思い出したので、ケンケンくんに相談してみた。
「じゃあ、やっぱり名前さんは先生のこと好いとったとですね」
「へ?……………あっ」
「名前さん分かりやす過ぎます」
先生を好きだということは少年たちには内緒にしてたのに…ああ、自爆。
明智探偵事務所 事件簿 Vol.11
「おいは名前さんの方が勝ち目あると思いますよ」
デジカメで景色を撮りながら、ケンケンくんがそう言う。
「いや、案外そうでもないかも」
どこかの誰かさんに言われたとおり貧乳ですしね。むきー!
「でも、おいは名前さんを応援すっとです。先生との結婚式のときは呼んでくださいね」
「気が早いよ。…でもありがと」
ケンケンくんの優しさのおかげで、だいぶ心が軽くなった。応援してくれる人がいるって、すごくありがたいな。
二人でたわいない会話をしながら旅館へ戻ると、ロビーに見慣れた人物がソファに座っていた。
「あ、先生」
「……名前、ケンケン少年」
そこにいたのは先生。
心なしか表情が曇っているような気がする。何かあったのだろうか。
「ちょっと名前に話があります。ケンケン少年は先に部屋に戻っていてください」
「はーい」
先生は座っているソファの隣をぽんぽんっと叩いた。座れという意味らしい。あたしは静かに先生の隣に腰を下ろした。
「話って何ですか?」
「…………名前は良い子です」
「は?」
前置きもなくいきなり褒められ、思わずマヌケな声が出る。全く話が読めない。
「ケンケン少年も良い子です」
「あの、先生?」
「なかなか気が効くし優しいし、助手としては最高です」
「……はあ」
「ケンケン少年なら名前を幸せにしてくれるでしょう」
ん?
「どういうことですか?」
「だから、ケンケン少年と名前はお似合いです」
「へ?」
あれ、なんで先生にケンケンくんのことを薦められてるんだ?
あ、もしかして遠まわしにフラれてる?
でも、だからって…。
「先生、デリカシー無さすぎです」
「え、」
「ひどいです」
悲しさが込み上げる。
だって、たまに思わせぶりな態度を取ってきたのは先生の方なのに。だから少し期待だってしていたのに。
先生に対する怒りと、ただの自惚れだったという自分に対する恥ずかしさで、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
「名前?」
「先生のばか。あほ。はげ」
「ちょ、はげって」
「もう先生なんか知りません」
「ちょっと待ってください、名前」
「先生がナオミさんとくっ付いても絶対応援なんかしませんからね」
止まらない涙を拭いながらそう言い放つと、先生の表情が強張った。
「なんでナオミさんが出てくるんですか」
「だ、だって」
「デリカシーがないのは名前の方じゃないんですか」
「え?」
「…………先に部屋戻ってますね」
先生はクルッとあたしに背中を向けて、足早にその場から去っていった。
怒っているような悲しんでいるような、初めて見る先生の表情に、胸を何かで刺されたような感じがした。
もう分からない。
先生の気持ちが分からない。
しばらくその場から動けず、また大粒の涙が零れた。
(悪いのは、どっち?)
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