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密かに恋心を抱いていた名前に嫌われたかもしれない。
何も思い当たる節はないのだけれどなぁ。ああ、ショックで眩暈を起こしそうです。
明智探偵事務所 事件簿 Vol.10
「先生、どうかされたんですか?」
温泉につかりながらボーッとしていたら、長谷川少年が心配そうに問いかけてきた。
「ああ…大丈夫ですよ」
「なら良いのですが。あの、何かあったら言ってください。僕らなんかじゃまだまだですけど、先生の力になれるように頑張ります」
「長谷川少年…」
長谷川少年はなんて良い子なんでしょう。改めて、彼を助手にして良かったと心から思った。
「あははは、ケンケンの髪の毛やばいね」
「わあー、シャンプー目に入ったばい!」
洗い場ではナカヤマ少年とケンケン少年がお互いの髪をシャンプーしながら遊んでいる。
二人が楽しそうにしているのを見て少し安心した。
というのも、ナオミさんの件があったので、少年たちが楽しめないのではと不安だったのだ。しかし、なんだかんだで笑顔で過ごしているので良かったです。
「ナカヤマ少年ケンケン少年、あまり温泉で騒いじゃいけませんよ」
「はーい先生」
「あ、先生ー。おい、ひとつお願いがあるとです」
シャンプーを流し終えたケンケン少年が、ざぶんと僕の横に浸かる。
「なんですか?」
「温泉から出たら少し旅館の回りを散歩してきても良かですか?景色が綺麗だって女将さんが言ってたんで」
「いいですが一人で行くのですか?」
「いや、名前さんと行くとです」
「へっ」
ケンケン少年の予想外の言葉に声がひっくり返る。
なんでケンケン少年と名前が二人で一緒に行くんですか。
はっ、もしかして名前はケンケン少年のことが好きなのか?
「…ううう」
「あれ、先生顔真っ赤ですよ」
「のぼせたんじゃないですか?」
少年たちが心配してくれているが、正直それどころじゃなくて、ブクブクとお湯の中に潜った。
悲しみと嫉妬で頭がぐるぐるする。
もー、どうして思い通りにいかないのですか。
なんとか表情を保ちお湯から顔を上げて、ケンケン少年の頭をぽんっと軽く叩いた。
「先生?」
「散歩、行ってきていいですよ。名前がいれば安心です」
「ありがとうございます」
もし、名前がケンケン少年のことが好きなのであれば、僕は応援しなくてはいけません。二人は僕の大切な助手ですから。幸せを祈るのは当然です。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、悲しみで胸がつっかえるように苦しい。あれ、僕ってこんなに女々しかったっけ?
そんな気持ちを溶かすかのように、僕はもう一度ブクブクと温泉に潜った。
(もうどうにでもなってしまえ…)
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