「いっちゃん、何か飲む?」
「んー」
「何がいい?」
「んー」
「……………」



最近一聖さんが静かだ。というのも、作詞期間に入ったかららしい。余計な言葉はかけないようにしているが、「んー」という返事ばかりじゃわたしだって困ってしまう。


とりあえずアイスコーヒーを淹れて彼のデスクに置く。ずっとパソコンと睨めっこしながら、時折キーボードを打ち言葉を紡ぐ彼は、いつもの横暴な姿からは想像がつかないくらい、真剣そのものだ。


なので最近は下僕のように扱われることがめっきり少なくなった。なのに、いつものように家事や彼の身の回りのことをやってしまうわたしは、きっとこの下僕生活が染み付いてしまったのだろう。


…良いのか悪いのか分からないが。



彼のデスクから少し離れたテーブルで、ついでに淹れた自分の分のアイスコーヒーを飲む。ふと窓の外に目を向ければ、まだお昼過ぎだというのに空は真っ暗で雨雲が立ち込めていた。



「(そろそろ雨降るのかな…)」



どんよりとした曇り空を眺めていると、わりと近くでゴロゴロと雷の音が響いた。



「雷?」
「…あ、いっちゃんやっと喋った」
「は?なんか言った?」
「いやー、別に。雷だいぶ近いね」



デスク横の窓閉めなよ雨入るよ、と彼に注意すると、名前が閉めてと返された。…やはり人使いの荒さは変わっていないようだ。


窓を閉めようと一聖さんのデスクに近付くと、ちらりとパソコンの画面が見えた。「君が愛しくて」「届く距離なのに」「僕は君を遠ざけてしまう」…そんな言葉たちが並んでいた。


ラブソングでも書いてんのかな?まぁどうでもいいか。


そう思い窓に手をかけた瞬間。
ゴロゴロゴロッと張り裂けそうな音と共に、目が痛くなるほどの光。そして、一瞬で真っ暗になる視界。



「えっ、なにっ…わっ!」
「名前っ!」



真っ暗で何も見えなくてパニックになっていると、足元の何かに躓いて体制を崩した。


あ、やばい、転ぶ…。



どたどたっと倒れこむ音。しかし、何故か痛くない。
暗闇に慣れてきた目で辺りを見渡せば、わたしの下には…一聖さん。



「いっ…てぇな」
「えっ、あ、ごめん」
「…ケガねぇか?」
「うん。いっちゃんこそ大丈夫?」



とっさに助けてくれた一聖さんが下敷きになってくれたおかげで、わたしには痛いところ一つない。


しかし一聖さんにはわたしの全体重がかかってしまったようだ(申し訳ない)。



「停電かな?いま近くに雷落ちたよね?」
「…だろうな」
「わたし懐中電灯持ってくるよ」
「良いから。動くなよ、危ない」



立ち上がろうとすると、ぐいっと一聖さんに腕を引っ張られた。


そして何故か、そのままぎゅっと抱きしめられた。



「い、いっちゃん?ど、どうした…」
「うるさい。黙っとけ」
「さ、さっきわたしの下敷きになったから頭おかしくなった?」
「ちげぇよ。良いから黙っておとなしくしときなさい」



さらにぎゅうぅっと強くなる一聖さんの腕。彼の心臓からはとくんとくん、と規則正しい鼓動が聴こえる。


一体どうなってるんだ。
なんだこの状況は。


そして何でわたし、ドキドキしてるんだろう。



暗闇で一聖さんの顔は見えず、ただただ彼の温もりが全身から伝わってくる。それは温かくて、優しくて、とても安心できた。


彼の腕の中でどのくらい時間が経ったか分からないが、しばらくすると部屋の明かりが戻った。



「いっちゃん、明かり付いたよ」
「…ん」



彼はもう一度強くわたしを抱きしめると、パッと腕を離してそのままデスクへと向かってしまった。



「いっちゃん…」
「ん?なに?」
「………なんでもない」




どうして抱きしめたの?


…なんて事は聞けず、ただ彼の後ろ姿を眺めることしか出来なかった。


身体に残る彼の体温が、なんだか少しくすぐったい。



「あ、いっちゃん。パソコン大丈夫だった?」
「へ?」
「いや、作詞してたみたいだったけど消えちゃったんじゃないの?」
「ああ、全部消えたわ」
「えっ!」



…の割りには不思議と冷静な一聖さん。わたしの方が慌てていると、彼はわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。



「大丈夫だよ。お前がいればまた書ける」
「…へ?」
「ていうかさっきお前を庇ったせいで左手強打したんですけどーどうしてくれるんですかー」
「悪かったな重くて!おら、手当てしてやるから右手出せ!」
「左手だっつーの」



さっきまでの静かな一聖さんとは別人のように態度がでかくなる彼。でも、いつもの一聖さんだ。むかつくけど、何故か少し嬉しく感じる。



しかし、一聖さんはいつも通りに戻ったけれど、わたしはそうじゃなくなってしまった。


彼に抱きしめられていたことを思い出せば、頬は熱くなるばかりだ。


ああ、こいつといると、心まで振り回されてる気がする。
この気持ちをどう処理したらいいか分からず、とりあえず彼の左手の手当てに集中した。




















(名前重いからぜってー左手折れたわ)

(レディに向かって失礼だぞ!いっちゃんのばーかばーか!)

(…お前は小学生か)





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