「まぁ座れよ」
「……はあ」



無理やり連れて来られた彼の家。有名キャラクターのグッズや楽器で溢れた部屋の中をぐるりと見渡す。


おとなしくテーブルの脇に座ると、彼はホットミルクを差し出し、わたしの向かいに腰を下ろした。



「…あの、大変ありがたいのですが…」
「あ?なんだよ」
「わたしを家に連れ込んでどうするつもりなんですか」
「は?どうもしねぇよ。お前みたいな女」



こ、こいつ…。
無意識にパンチしたくなる衝動を抑え、ホットミルクに口を付ける。ほんのり甘くて温かいホットミルクは、なんだか懐かしい味がした。



「ところでさ、何でお前家無いの?」
「……別に理由なんかどうだっていいじゃないですか」
「俺が知りたいんだから教えろ」
「……………」



彼のあまりの横柄な態度に、もはや開いた口が塞がらない。とりあえず話を変えようと、もう一度部屋の中を見渡す。



「…楽器たくさんあるんですね」
「おい、話変えんな」
「楽器弾けるんですか?」
「…まぁ職業だからな」



テーブルの上に、バサッと置かれた数冊の雑誌。その表紙には、ばっちりメイクをしているけれど、どこかで見たことある人物が映っていた。


え、これ、もしかして。



「…あなたですか?」
「一聖」
「…一聖さん」



今更だけど、やっと彼の名前を知った。一聖さん。
もう一度表紙に視線を落とせば、確かに目の前にいる人物と同じだ。



「なぁ、お前は?名前教えてよ」
「………名前」
「ん。名前な」



いきなり呼び捨てかい、と思ったけれど、この人に何を言っても仕方ないだろう。素直に受け入れるしかないので、大人しく頷く。



「で、何で帰るとこねぇの?」
「まだ聞きます?」
「お前が話すまでずっと聞き続けるし」
「…………………」



ああ、もうこいつには敵わない。仕方なく、わたしは今までの経緯を話した。



「小さい頃に両親に捨てられたんです。親戚も兄弟もいなくてずっと施設で暮らしてました」
「……………」
「施設を出てから今まで…というか昨日までは友達と一緒に住んでたんですけど、さっきアパートに帰ったらもぬけの殻で…」
「………うん」



そこまで話したら、急に胸が締め付けられる感覚に襲われた。



「その子、彼氏のところへ行っちゃったんです。勝手にアパート引き払っちゃって………」
「……うん」
「二人で貯めてたお金も持ってかれて…」



ふと、その子の顔を思い浮かべた。わたしのことを「親友」だと呼んでくれた。こんなに大切で、大好きな人は、もう二度と現れないとまで思っていた。


なのに…。



「ずっと…ずっと信じてたのにっ…」
「うん」
「皆わたしの傍からいなくなっちゃった…だ、誰もいなくなっちゃっ……」



自然とぼろぼろ落ちてくる涙。
もう自分が何を言っているのか分からないくらい、しゃくり上げて泣いた。


今まで溜まっていたものが、すべて溢れ出る。


何故わたしはずっと孤独なのだろう。
すべての原因を他人に押し付ける訳ではない。きっと、わたしにも非があるはずだけれど。


でも、もう限界だ。



「もう…淋しいのはっ…いやだ……」



止まらない涙を拭おうとした瞬間。
ぐしゃっと、髪を撫でられた。
ゆっくり見上げると、切なそうな眼差しでこちらを見つめる一聖さん。


しばらく沈黙が続く。
すると、一聖さんはぐしゃぐしゃに撫でていたわたしの髪を優しく梳いて、口を開いた。



「…悪かったな、思い出させて」
「………い、いや…」
「…よし、分かった」



わたしの髪から手を離すと、彼は何かを決意したように立ち上がった。その姿を、涙でぼやける視界で見上げれば、彼はお決まりの見下すような視線でわたしを見つめた。



「ここに住め」
「………はい?」
「いいから、住め!返事は!」
「…は、はい…」



彼の勢いに押され、わたしも勢いで返事をしてしまう。
す、住めって?どういうこと?
頭が回らなくてきょとんとしていたら、一聖さんはまたわたしの髪をぐしゃぐしゃと撫でた。



「しばらく俺ん家で過ごしていいから」
「え、でも…」
「俺が良いっつってんだから住め!」
「いや、あの…」
「俺の気が変わらないうちに。な?」



そこまで言うと、一聖さんはふわりと微笑んだ。ずっと無表情で、不機嫌そうにしていた彼の初めての笑顔。



「俺がお前の友達になってやるよ」



これは彼の気まぐれかもしれない。
…でも。
硬直していた心が、だんだんと溶けていく感覚に包まれた。


今日、家と友達を失った。
でも、今日、家と友達を得た。














(意外と優しい人なのかな…)





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