「それでは一聖さま、いってらっしゃいませ!無事のご帰還を願っております!」
「何それ、なんか俺出兵するみたいじゃん」
玄関の前で大荷物を抱える一聖さんに敬礼すると、すかさずチョップが飛んできた。…わりと痛いから止めていただきたい。
今日から一聖さんは全国ツアーへと出掛ける。ツアーの合間に家に帰ってくる日もあるそうだが、しばらくはわたし一人のお留守番となる。
「ちゃんと掃除しとけよ。あと戸締りな」
「分かってるよ。いっちゃんも気を付けてね」
「ん、さんきゅ。じゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」
玄関のドアが閉まるまで、一聖さんの背中を見送る。
時が流れるのは早いもので、彼の家にお世話になるようになって約一ヶ月が経った。当初は彼のひとつひとつの態度に腹が立っていたが、最近はそれにも慣れてきた。まあ、相変わらず彼の横暴な態度は変わらないが。
そして、何故か最近一聖さんのことを考えると胸の辺りがむずむずと疼くのだ。もやもやというか、くすぐったいというか…胸に何かがつっかかって少し苦しいような感覚。
何なのかよく分からないが、まぁいいか、とりあえず掃除でも始めよう。あいつ、少しでもほこりが落ちてると姑のようにうるさいからな。
「大雑把なくせにわたしに対しては細かいんだから」
ハタキで本棚のほこりを払う。ぶつぶつと文句を言いながらほこりを払っていたら強く払いすぎてしまい、一番上の分厚い本がバサバサッと落ちてしまった。
「おっとっと。やっちまった。…いっちゃんが居なくて良かった」
こんなとこ見られたら、また怒られちゃうもんね。
落としてしまった本を拾いあげれば、それはアルバムだった。随分と古いもので、表紙にはかなりの年季が入っている。
…いっちゃんのアルバムかぁ。
「ちょっとくらいなら見てもいいよね?」
うん。良いはず。今だって、ちゃーんと一聖さんに言われたとおり掃除だってしてたんだし。うん。少しくらいなら良いはず。
そう自分に言い聞かせて1ページ目を開けば、そこには産まれたての小さな赤ちゃんの写真が貼られていた。
「わ、これいっちゃん?可愛い〜」
あんな生意気な奴にも、こんな可愛い頃があったのか…。
次々ページをめくっていけば、幼い頃の一聖さんが笑顔で写っていた。
七五三。海水浴。遊園地。小学校の入学式…。
一聖さんの笑顔は、今とあまり変わらなかった。大きな目が少し細くなる、可愛い笑顔。
ほっこりしながらページをめくっていると、ふと一枚の写真が目に付いた。
それは、公園で撮られた写真。
幼稚園児くらいの一聖さんの隣に、彼よりも少し幼い女の子が立っている。ふたりはピースをしながらこちらを見て笑っていた。
その写真を見た瞬間、全身が凍るように固まった。
これは…。
「わ、たし…?」
見覚えがある。このワンピース。
まだ両親に捨てられる前。施設に入る前、お母さんに駄々をこねて買ってもらった花柄のワンピース。すごくお気に入りだったのを、今でも覚えている。
それに、この顔。
本棚の隣の姿見を覗く。
間違いなく、わたしだ。
慌てて他のページをめくるが、その後のページには、もうわたしは写っていなかった。
どうして小さい頃の一聖さんとわたしが一緒に写真に写ってるの…?
必死に記憶を辿るが、何も思い出せない。「一聖」くんなんて友達が居たかも思い出せない。
重たいアルバムを閉じ、元の位置に戻す。
そして、そのままその場に座り込んだ。
一聖さんは、昔からわたしを知っていた?わたしを拾ったのは、偶然ではなかったの?
一体どういうことなのだろう。昔、何の接点があったのだろう。
悲しくもないのに、何故か一筋涙が零れ落ちた。
(耳の奥がぼんやりとした。何も考えられなかった)
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