雫と恋ごころ。
職場を出て、灰色に染まる空をじっと見つめた。しかし、そんなことをしたって雨は止んでくれない。
しっかりと天気予報を見ていたのに。今日は夕方から雨だと言っていたのに。
うっかり傘を忘れてしまったのだ。
雨は止むどころかだんだんと強くなっていく。いつまでもこうして突っ立っていられないので、意を決して雨の中を走ろうとした瞬間。
雨でぼやける視界に、見たことのある人物が映った。
よく目を凝らすと、それはわたしの恋人だった。
「…ミズキ?」
「傘、忘れてたでしょ?」
彼はわたしの前までやって来ると、笑顔ではい、と傘を手渡してくれた。お気に入りの水玉のピンクの傘。
「…ありがとう。わざわざこんなところまで…」
「んーん。たぶん傘無くて困ってるだろうなーと思ったからさ」
当たりでしょ?と首を傾げてわたしの顔を軽く覗き込むミズキに、素直に頷く。
ミズキが来てくれなかったら、きっと今ごろ全身ずぶ濡れだったろうな。
傘を開いて、ミズキの隣に並ぶ。
大きな雨粒が傘の上でバチバチと踊る。
きっと今夜はひどい雨になるのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、何を思ったのか、隣で歩くミズキがこの土砂降りの中、何故か傘を閉じ始めた。
「えっ、ちょ、ミズキ?」
「傘、入れてよ」
「へ?」
ひょいっと傘の柄を奪われる。
お気に入りの傘の下には、ミズキとわたし。
ぽかんとしてミズキを見上げると、彼は少し照れくさそうに笑った。
「相合い傘したかったんだよね」
「…へっ?」
「なかなか良いでしょ?」
顔を近付けて微笑むミズキに、どきんと胸が弾む。
自然と近くなる距離。
自然と近くなるミズキの声。
温かさ、吐息、全てに心臓が高鳴る。
「…ん、いいね。相合い傘」
「でしょ?」
ミズキに身体を寄せれば、空気は冷たいけれど、心の奥はじんわりと温かくなった。
「ありがとう、ミズキ」
彼の優しさに、ぽつりと言葉を呟く。雨の音でかき消されてしまうほどの小さな声で。
しかし、どうやらミズキには聞こえていたようで、彼もわたしに身体を寄せてきた。
強くなる雨足。
でも、素敵な雨の日。
きっと、相合い傘の下のわたしたちの胸は、温かい陽射しでいっぱい。二人が寄りそえば、心は本日も晴天なり。
雫と恋ごころ。
(君といると、全てが特別に思えるの。)