いじわるな彼。
「あ、名前っち」
「………げっ」
「え、何その露骨に嫌そうな感じ」
休み時間、自販機でジュースを選んでいると後ろから春くんに声をかけられた。…わたしのすごく苦手な人。
春くんから視線を外し、もう一度自販機に目を向ける。お気に入りの桃のジュースのボタンを押そうとした瞬間、後ろから伸びてきた手によって、お汁粉のボタンが押されてしまった。
「!?」
「あ、手が勝手に」
「ちょっ…」
「でもお汁粉も美味しいよ〜。じゃあね」
ガタンッと自販機から落ちてくるお汁粉の缶。ひらひらと手を振りながら笑顔で去っていく春くん。呆然とするわたし。
「…さいあくだ…」
熱々のお汁粉を握りながら教室に戻ると、友達である緩ちゃんがわたしに気付き、こちらに近付いてきた。
「あれ、名前どこ行ってたの?」
「ちょっと自販機に…」
「え、なんでこんな暑い日にお汁粉なんか買ってんの?」
「………うぅぅ…緩ちゃーん!」
「へっ、なに!?」
お汁粉の缶を投げ捨て、緩ちゃんに飛びつく。そして、先ほどの一連の流れを話すと、緩ちゃんは呆れたように笑った。
「なんだ〜。そんなこと?」
「そんなことどころじゃないよ!」
もう一度言うが、わたしは春くんが苦手だ。
春くんはキラキラしてて皆に好かれてて、まるでわたしと別世界にいるような人だ。しかし、何故か以前委員会が同じになったときから、ずっとちょっかいを出されている。ちょいちょい変なあだ名も付けられるし、堪ったもんじゃない。
今回のお汁粉事件だけじゃなく、彼からは数え切れないほどのちょっかいをかけられた。
それ故、わたしは彼のことが好きじゃないのだ。
「好きな子にはいじわるしたくなるもんなんだよ」
「いや、絶対わたしのこと面白がってるだけでしょ」
「まぁまぁ。男心も分かってあげてよ」
そんなこと言われたって分からないよ。そう緩ちゃんに言おうとした瞬間、いきなり視界が真っ暗になった。
「!?」
「だーれだ」
「あ、噂をすれば春くんじゃん」
「あー、言っちゃだめだよ」
わたしの視界を遮っていた春くんの手が離れ、明るくなる目の前。恐る恐る後ろを振り返ると、けらけらと笑っている春くんの姿。
ああ、神様。お願い助けて…。
「で、噂って何の噂してたの?」
「春くんは名前のこと好きだよねーって話」
「ちょっ、緩ちゃん!」
あっけらかんとしながら春くんにそう言い放つ緩ちゃん。慌てて彼の口を押さえようとしたが、もう遅い。目の前には、面白そうにニコニコと微笑む春くん。
「本当だよ、俺名前っちのこと好きだもん」
「……は?」
さらりと言いのける彼に、頭の中がグルグルと廻る。ああ、もうだめだ。この人の言動についていけない。
「春くんのアホー!」
「はっ?あっつ!」
床に転がっていた熱々のお汁粉の缶を春くんの頬に押し当てる。
そのまま教室から飛び出し、廊下を全力疾走。
ど、どうしてあんなに軽々しく「好き」なんて言えるのさ。
やっぱり春くんなんて嫌いだ。
…なのに。
この胸のドキドキは何なんだろう。
きゅんと苦しくて甘い痛み。
キャパオーバーな頭の中は、何故か春くんでいっぱいで。
そうでなくても暑いのに、わたしの頬も熱くなる一方だった。
いじわるな彼。
(嬉しいだなんて、思わないんだから!)