抱きしめて

「新選組」は唯一の私の居場所である

…はずだった。

隊士たちが口々に言うとおり
剣を握れない私など
ただの口うるさい「新選組」のお荷物。

すでに居場所は失われつつある。
いや…もう無いのかもしれない。

「山南さん!」

誰も私に近づこうとはしない…
そう、彼女を除いては。

「聞こえてますか、山南さん?」

「あ、あぁ…すみません、絢那。」

彼女だけはいくら私が冷たく
突き放しても私のそばに寄って来て
ニコニコと笑いながら話しかけてくる。

不思議な子だ…。
彼女ほど私のそばに寄って来る
人物は居ないだろう。

ある日の夜、誰もが寝静まった
真夜中に私は中庭へ出た。

「私はもう…不要だ…」

解りきっていることを小さく呟いた。
赤い液体−変若水−の入った小瓶を
見つめ、月の光に照らしてみる。

「山南さんは不要なんかじゃありません」

この透き通るような声は…
あぁ、また彼女ですか…。

振り向かなくても解る。
足音は徐々に近づいて絢那は
私の目の前で立ち止まった。

「絢那……。」

「ダメですよ、それを飲んでは…
山南さんは新選組にも…私にも
必要不可欠な方なんですよ?」

強い意志が灯る瞳はゆらぐ様子もなく
私を捕らえて離すことを許さない。

「なぜ、そう思うのですか…?」

いつもの人を突き放すような口調で
冷たく彼女に問いかける。

「皆、山南さんのことが好きなんですよ。」

彼女のたった一言の答えに私は驚いた。
そんなことあるはずがない。

「口では皆、好き勝手言っていますが
心の中では山南さんのことを慕って…
信じているんです。」

「本当にそうでしょうか?」

ありえない。
彼女の言葉を信じるにはおそらく
膨大な時間を要する。
いや…どんなに時間があっても
信じられない。

おそらく絢那は私が信じていない
ということに気づいているだろう。
彼女の瞳が涙で滲んでいる。

「散々陰口を叩いた隊士たちですから
無理に信じろ、とはいいません…。
ですが…私の言葉…一言だけでも…
信じて、くれませんか?」

涙がついに頬を伝って流れ落ちる。
それでも彼女の瞳は強く私を見つめた。

いつもそばに居た彼女の言葉。
なぜか疑う理由が見つからなくて
私は静かに小さくうなずいた。

「山南さんが…愛しいっ…」

「っ…」

本当にたった一言。
なのにそれだけで私はたくさん知って
たくさん理解をした。

絢那が私のそばに居る理由を。

絢那が好きだということを。

絢那を失う悲しさと恐怖を。

絢那を悲しませる痛みを。

失っていなかった私の居場所を。

私の存在理由を。

気がつけば私は彼女を抱きしめていた。
抱きしめた彼女の体は小さくて
私の腕の中にすっぽりと収まる。

「山南、さん…?」

「抱きしめてくれませんか?」

何も言わず彼女は抱きしめてくれる。


「もっと…もっと強く」

そう言うと彼女は精一杯の力で
私を抱きしめてくれた。

少し苦しい。
でも消えてしまいそうな私の存在を
この世界に引き戻してくれるような
そんな気がしてとても心地良かった。






そして私は夜明け前に変若水を飲んだ。

彼女を守るために。

私の存在を失わないために。

もし私が目を覚ましたら

抱きしめてくれませんか?

そう今夜のように

苦しいくらいに



…抱きしめて。








end.
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