私と仕事どっちが大事なのとかいう女にはジャーマンスープレックス





次の日、屯所まで銀さんに迎えに来てもらい大江戸病院まで案内してもらった。


「あの姉ちゃん、お見舞い何喜ぶかね?」と向かう途中で聞かれ、激辛せんべいを提案し持って行くことにした。


病室に入るといつものキレイな着物とは打って変わって病院特有の淡い服を着ていた。


『ミツバ姉、調子はどう?』

「ゆずぽんちゃん、銀さん、来てくれたのね、ありがとう。お陰様で調子は良いわ」


銀さんがさっき買った激辛せんべいを渡し「食べ過ぎは痔になるから禁物だ」と笑った。

「あら、あたしが痔で入院したと思った?」


ミツバ姉が楽しそうに笑うのを見て少し安心した。

そうだ、この人には笑顔がいちばん似合うのだから。



少しして銀さんがベッドの下を覗くと山崎さんがソーセージを美味しそうにモグモグと食べながら潜んでいたのを見つけた。


『山崎さん、なんでここに?』

「いや、あの、…ははっ。」

なんとなく察しは付いた。

きっとトシが頼んだのだろう、と。銀さんも何かに気付いたのか山崎さんを連れてどこかへ向かった。



「ふふふ、江戸の人は面白くて優しい人ばかりね」

『総悟も安心だね、良い人たちに囲まれて。』


ミツバ姉はいつも総悟の心配をしていた。

昔から意地が強いというか我が儘な性格であったため中々友達ができなかった総悟。

江戸に行き、姉がいない生活でうまくやっていけるのか、といつも心配そうに手紙を待っていた。


だが、江戸に来て銀さんや山崎さんとの関係を見て安心したようにいつも嬉しそうに見守っていた。


「…ゆずぽんちゃん、」

『ん?』

さきほどまで笑っていたミツバ姉の顔が少しだけ辛そうな顔になった。俯きながらあたしに言葉を続ける。

「…あの人は、元気にしてた?」


あの人、と名前を言わずとも伝わった。

総悟と同じくミツバ姉が心配をし、気にとめていた男。


『うん、相変わらずマヨネーズを美味しそうに平らげてた。カロリーとニコチンの取りすぎで元気かどうかは別だけど。』


そう言ってヘラッと笑ってみせるとまた安心した笑顔に戻ってくれた。

「ゆずぽんちゃんは、あの日どう思った?」

『あの日…?』


ミツバ姉は懐かしそうに窓の外を見て、ゆっくりと話し始めた。


「総ちゃんたちが、…あの人達が江戸へ向かうと決めた時。あたしはね、正直辛かったの。まだ皆と一緒に居たい─って。」





それは何年も前、まだあたしも幼かった頃にトシから聞かされた言葉。

【─江戸で一旗あげる、武州を離れる】







「あたしね、思わず、十四郎さんに【連れて行って】って言ったの。でも断られちゃって。」
 



思い浮かぶのは総悟と木の陰で聞いたミツバ姉がトシに【傍にいたい】と想いを告げた日。

そして、皆が武州を旅立った日。











あの日、彼らが武州を離れる日のこと。

寂しさがある中、空は晴れ渡ってまるで皆を応援するかのような晴天。


「それじゃあ、ミツバ殿!ゆずぽんちゃん!武州のことは任せたぞ!」

近藤さんが元気な声をあげてあたし達ふたりの肩を叩いた。

「ええ、近藤さんも怪我には気をつけてくださいね」

「姉上もお身体には気をつけてくだせェ」


ミツバ姉はクスリと笑うと、「ありがとう」と言い、その後三人を見て笑顔で最後の言葉を続ける。




「あたしを置いていくんだもの、浮気なんてしちゃダメよ。きっと自分の道を貫いてくださいね、きっと。─きっとよ。」



その言葉に近藤さんもトシも総悟も柔らかく笑って頷いてくれた。



あたしはというと、正直その日が来るまで毎日泣きそうな日が続いていた、

けど涙を流した日は一日とて無かった。


皆の前で涙は見せてはいけない、と幼いながら思ったのだ。


「なんて面してるんでィ、ブスが一層ブスになっちまう」

『うるさい、総悟!あんただってミツバ姉と別れるのが辛いくせに!』

「んだと!」


二人で殴り合いの喧嘩が始まりそうな時、近藤さんがあたし達の間に入ってそれを止めた。

「お前ら最後の最後まで!めっ!ほら、総悟、ちゃんと伝えることは伝えろ。」


近藤さんの言葉に反応し、少し目を泳がしてすぐに真っ直ぐあたしを見た。

「…ゆずぽん、」

『…』

「俺ァ、誰よりも強い侍になりまさァ。近藤さんも姉上も、お前だって護れる侍になりやす。」

『…うん、』

「だから、─」


そこまで言うと総悟はあたしの手を引っ張り耳元で小さい声で最後の言葉を残した。


(「その時は俺の嫁になりなせェ。」)

それだけ言って総悟はニヤリと笑った。


「え?なに?最後なんて言ったの?」

「クスクス、総ちゃんったら」

「ケッ、クソガキが」



周りの人には聞こえなかった、あたしだけの言葉。

それが嬉しくて、でも今から離れちゃうことが寂しくて最後の最後に涙が出た。


『…っバカじゃないの、ほんとバカ、……童顔、シスコンっ…』

「雌犬に何言われようが俺は本気だ」


少し口元を釣り上げてニヤリと笑う総悟。

あたしは着物の袖で涙を拭い、真っ直ぐと総悟を見つめた。


『あたし待ってるから。ずっとこの場所で総悟も、皆も応援してる。だから…、絶対生きてて?』


それでも次から次へと流れる涙を総悟は笑いながら指で拭ってくれた。


「当たり前でさァ、お前に言われずとも分かってやす」

『総悟、……いってらっしゃい。』

「いってきます」



そして彼等は武州を出た。

あたし達に背を向けて、振り返らず。













─、そんな日のことを思い出してまたふと、笑みが零れる。


「あたしね、あの人たちの背中を見るのが好きだった」

ミツバ姉もあの日を思い出していたのか、柔らかく笑っていた。

「ぶっきらぼうでふてぶてしくて、不器用で…、でも優しい人達。」


『あたしも、あの人達と過ごせたことは幸せだった』


「ゆずぽんちゃんは、一度も【連れて行って】とは言わなかった。まだ幼いのに、なんでこの子はこんなに強いんだろうって思ってた。」


ミツバ姉の口から急に自分の名前が出てきて、驚きを隠せなかった。


「寂しく、なかった?」


その言葉に、あたしは一言一言、丁寧に言葉を綴った。




『ミツバ姉、あたし…本当は寂しかったの。トシと離れたくなくって毎日【連れて行って】って言いたくなった。けど、そのたびに皆の顔が思い浮かんだの。』




─皆が剣を持ち、励んでいた姿を。



『刀を持てなくなった日、皆ほんとに辛そうで悔しそうなのを覚えてた。けど江戸で一旗あげる。また剣を持ち、侍になれる。そう嬉しそうに話す皆が大好きだった。』

「ゆずぽんちゃん、」

『やっぱり男の子なんだなって思った。あたしは皆がしたいことを応援したかったから、武州で見守っていようって思ったの。』


そこまで言うと目に涙がたまってきた。

『けどやっぱ、久々に皆に会ったらやっぱり傍にいたいって思っちゃった』



そこまで言って涙をこぼすと、ミツバ姉は優しくあたしの身体を包み込んでくれた。



「あなたは強い、やっぱり兄妹ね。あの人に似てるわ。」

『え?』



その時、トシがミツバ姉にひどく言葉を返したことを思い出した。

【傍にいたい】と願うミツバ姉に冷たく答えた兄を。


あたしはきっと、トシは嘘を付いていると分かった。

自分だって傍にいてほしいはずなのに。
それでもミツバ姉の幸せを思って拒絶してたことに気付いていた。


『ミツバ姉、…知ってたの?』

「あら?何のことかしら?」

そう言って笑うミツバ姉は優しい顔をしていた。


きっと気付いてたんだ、ずっと二人は想い合っていた。

そう思うと、また涙がこぼれる。




「ゆずぽんちゃん、あなたは弱くたっていいの。我が儘言っていいのよ。女の子だもの。だって総ちゃんが護ってくれるもの」


『……うん、』



【─お前も護れるような侍に、】



「あたしの自慢の弟よ。素直じゃないけど本当はとても優しいの。それに十四郎さんだって近藤さんだってそう。次はあの人たちの傍にいてあげて」



ミツバ姉に抱かれたまま、涙が止まるまで胸の中で静かに泣いた。


なぜミツバ姉が病にかかってしまうんだろう、

なぜ幸せを壊そうとするのだろう、


神様は意地悪だ─、










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