私と仕事どっちが大事なのとかいう女にはジャーマンスープレックス
それから銀さんと別れてトシと山崎さんに屯所まで連れて行ってもらった。
『なんか泊まらせてもらうなんて悪いな』
「何言ってんだ、せっかく空き部屋があるんだから使やいいんだよ」
「とか言ってるけど昼間屯所帰ってすぐさま部屋掃除させられたからね、端から泊まらせる気満々だったからね」
そう山崎さんが耳打ちしてくれて、トシの優しさが伝わって思わず笑顔がこぼれる。
『本当にぶっきらぼうなんだから』
案内された部屋に荷物を運び、山崎さんは先に帰されトシと二人きりになる。
「一応隣は俺の部屋だから、何かあればすぐ呼びに来い。あと他の誰が来ても部屋に入れちゃダメだからな。」
『はいはい、分かってますよ。てかお腹空いた。』
「あぁ、こんな時間か。」
時計を見るともう夜中近くなっていて、バタバタして食事を取れなかったあたしはそう申し出た。
するとトシは屯所の食堂へ案内してくれ、女中さんが作ってくれていた生姜焼き定食を目の前にして驚いた。
『凄いね、これを何人分も作ってるなんて』
「ああ、手の込んだ物は作れねぇが味はイケる」
そう言いながら美味しそうな豚肉さんに黄みがかったモノを乗せていく、トシ。
『……相変わらず犬の餌を吟味してるのね』
「こら、そんな口聞いて!ほら、お前にもやるから。」
『え、ちょ、黙ってくんない?嫌がらせ?』
そうマヨネーズを丁寧に拒否すると
ブツブツ言いながら綺麗なとぐろを巻いていく。香ばしい色をした豚肉さんも最早姿すら見えない。
「どうだ、美味しそうだろ」
『凄いや、一瞬にして食事を犬の餌に降格させるとは。さすが真選組副長様。』
目を輝かせながら作品をズイッと前にやってくるのでそれもやんわりと断った。
その後、箸を進めながらあたしは話を始めた。
『─にしてもミツバ姉も玉の輿だよね。羨ましい。』
「あ?あぁ転海屋ってゆうと、ここ最近繁盛してるみてェだしな」
目を合わせずに話の返答をしたトシを見て確信を持ててきた。
ここは少し鎌掛けてみるとするか。
『このご時世に繁盛って…何を商売道具にしてんだろ。激辛せんべい?業務用マヨネーズ?それとも、
─汚い武器か何か、』
そう口にした途端、トシは瞳孔開き気味にあたしを見た。
『…ビンゴか。』
「おま、…知ってたのか。」
『いや、怪しいとは思ってたけどまさか本当にやらかしてたとは。』
口が滑った、と言いたげに舌打ちをして煙草に火をつけるトシ。
その顔は仕事としての警察の顔なのか、ひとりの男としての顔なのか、それはあたしにも分からなかった。
「奴は武器密輸、不逞浪士もの違法取引の容疑者だ。あの女に手ェ出したのも、真選組の縁者がいりゃァ、うまく事が運ぶっつー魂胆だろう」
『やっぱりね…、この事総悟は?』
「いや、まだ言っていない」
『そう、』と視線を落とし辛すぎる現実を噛みしめた。
なぜあの姉弟がこんな目に合わなければいけないのだろう、
ミツバ姉はこれで幸せなのか、と。
「お前は、察しが良すぎる。」
トシの声に顔をあげる。
すると普段あまり見せない笑顔をあたしに向けて頭をくしゃっと撫でてくれる。
「任せとけ、俺がどうにかする。お前はあいつらの傍に居てやってくれ。」
『うん、…分かった。』
あたしも笑顔を返し、もう大丈夫だ、ということを示す。伝わったのか頭に置かれた手を退けて、食事を進めた。
その夜、少ししてから総悟が帰った来た。あたしの部屋に顔を出して、飄々とした顔をしていたがきっと心は辛くて心配で仕方ないのだろうと思った。
『おかえりなさい、』
「おう。やっぱりあの野郎の隣の部屋か。」
「シスコンだな」と付け足して笑っていたが、それを総悟に言われちゃ忍びないなと思う。
『ミツバ姉は大丈夫?』
「あぁ、あの後すぐ、遊び疲れたのかグッスリでさァ。明日の朝には病院へ移るらしい。」
『そう。』
持ってきた荷物を片しながら、総悟に返事をしていた。そしたら急に背中が温かくなったのを感じ振り返ると、総悟が腕を回して抱きつく形になっていた。
「少しの間、胸を貸してくだせェ。」
『そっちは背中なんですけど。え、わざと?あたしの胸はそんなに平地?』
二人で笑ったが内心辛くて心配でたまらない。
あたしだってそうだ。
昔から妹のように大事にしてくれたお姉さんのような人。
何度も総悟と取り合ってそのたびに幸せな顔をしていた人。
いつだって笑顔で、いつだって優しかったミツバ姉。
そんな素敵な人を騙している、あの商人が本当に許せなかった。
『総悟…、幸せになるのはそんなに難しいことなのかな』
「……わかんねェ。」
その夜は、ひとりになりたくなくて総悟と手を繋いだまま眠った。
まるで小さい頃に戻ったようで安心できた。
その日、武州の頃の夢を見た。
総悟とまたミツバ姉の取り合いをして、
最後は左手に総悟、右手にあたしと手を繋いで
道を歩いたあの日の夢。
「あたしは幸せ者ね」
その笑顔が続くようあたしは願った。
そして何も出来ないあたしを恨んだ。
次の朝、起こしに部屋にきたトシが
怒り叫んだのは言うまでもなく。