私と仕事どっちが大事なのとかいう女にはジャーマンスープレックス
先程まで騒がしかった客間は、
もう静かになっていて妹を見送った土方は煙草に火を付け、煙を吐き出していた。
その横顔は懐かしみと大きくなった妹を切なそうに見守る、兄というよりか父親に近い表情だった。
「ゆずぽんちゃん、美しくなっていたな。少しお前にも似てきた、トシ。」
そんな土方を見て、もう一人の父親も声をかける。
「あたりめェだろ、俺の妹だ。」
照れながらも嬉しそうに口を弧の字にする。
幼い頃から傍らに置いて、それは大事に育ててきた妹。鬼の副長と呼ばれながらも家族を大事に思うのは普通の人間と変わりない。
「武州に置いてきたことを後悔してるか?」
「いや、あいつが向こうに残ると決めたんだ。それに俺がどうこう言う事はねぇよ。」
土方等が江戸へ向かうのが決まった時、
あいつは一つも涙も流さず、
いつものヘラッとした笑顔で言った。
【 『行ってらっしゃい、』 】
正直、着いていくといって聞かないと
思っていた土方や沖田、近藤は驚いた。
あっさりと見送られると
それはそれで逆に寂しいとも思えた。
「まあ、お前の妹らしいっちゃらしいがな」
「……ケッ、褒められてる気がしねぇな」
そして、もう一人の女はあの日こう言った。
【 「あたしも、連れて行って」 】
その申し出に土方は断った。
今の自身に着いてきた所で、いつ死ぬか分からない身。
幸せにしてやることは出来ないと思った。
─ならば、遠くで幸せを願ってやろうと気持ちを押し殺し冷たい言葉で遮った。
「……ミツバ殿も、美しくなっていたよ」
土方の感情を読み取ったかのように
近藤はその女性の名を出した。
まるでまだ、心残りがある男に言うように。
「総悟に仕事も手を抜くなと伝えとけよ」
それだけ言い、短くなった煙草をくわえたまま部屋を出た。
そんな姿を見ながら近藤も苦笑いしてため息をついた。
その頃、かぶき町に足を向けたゆずぽん。
『─、んー…江戸は広いねぇ。迷いそう。』
あたしは屯所を出て、総悟たちの行きそうなところを歩いていた。
「確かに武州とは違い人も建物も違うからな、ゆずぽんちゃんならすぐ慣れるよ」
原田さんは武州にいた頃、
近藤さんの道場の門下生だったので昔馴染みだった。そのため先程から優しく江戸の町を教えてくれていた。
『うん、けどミツバ姉の用事が終われば帰っちゃうんだけどね』
「そうなのか?寂しくなるなぁ」
元々、観光がてらに来た江戸の町だ。
少しすればまたあの住み慣れた武州へ帰る。そう、伝えると原田も少し寂しそうな顔を浮かべながらも笑顔を向ける。
「ゆずぽんちゃんは俺らにとっても妹みたいに思っていたからな」
『やだ、右乃介の妹なんてハゲちゃう』
「え、あれ?なんか、目の前がぼやけて見えない」
そう言いながら隊服の袖で涙を拭う原田を余所に
ゆずぽんはあるお店を見て立ち止まった。
「ん?どうしたの、ゆずぽんちゃん」
急に立ち止まったゆずぽんに、山崎が問いかける。
『ね、あれ総悟じゃない?』
指さした方にはミツバと楽しそうに
食事を取る沖田の姿。
テーブルには二人で食べきれるのかと
思えるほどの料理が運ばれていた。
「あ、ほんとだ。てか、ゆずぽんちゃん…本当に嗅覚で探し出しちゃったね。」
山崎が呆れ顔でから笑いをして、そのファミレスに入って行こうとするのを呼び止める。
『あ、待って待って』
「え?」
『せっかくバレてないんだからさ…』
ニタリと笑い、二人を引っ張って目的の人物から見えないテーブルへと座る。
せっかくなんだから、普段見れない総悟のシスコン具合を見て嘲笑おう。
そう提案したゆずぽんに最初は山崎も原田もビクついていたが席に着いてしまえば二人とも乗り気で双眼鏡を使いニヤニヤと堪能していた。
久々に姉弟で過ごす時間、
よっぽど嬉しいのか総悟は終始笑顔を絶やさない。
「─江戸は空気が悪いので、姉上の身体に触らないかと…僕心配で。」
(「ぷぷっ、僕だってよー」)
(「あの沖田隊長が、僕…っ!!」)
総悟の普段と打って変わった性格を見て笑い楽しむ山崎さんと右乃介。
あたしはあたしで頼んでいたパフェを頬張る。
横目で総悟を見るとそろそろこっちの様子に気付いてるようで殺気を感じた。
(『そろそろ席離れとこうかな、』)
そう思い、嘲笑う二人を置いたままパフェを持ち立ち上がる。
「ほら、あそこ見てください」
「え?どこ?」
思った通り、会話で視線を背けたミツバ姉を余所にこちらにバズーカを向けてきた。
チュドォォォォオオォォオン
「「ギャアーーーーーッ!!」」
「チッ、ひとり逃したか。」
「あら、何。くさい」
「でしょう、江戸はこれだから…」
『おいこら、現行犯』
煙がたった席を移動し、二人が座るテーブルへ腰を落とした。
バズーカを構える総悟
「あら、ゆずぽんちゃん。合流できて良かったわ。」
『ミツバ姉、大丈夫?総悟と居たら空気が汚れて大変だよ』
「どういう意味だ、雌犬。」
『あん?たった今、汚染物質創り出したの誰だよ』
総悟とメンチの切り合いをしていると、クスクスと笑い声が聞こえる。
「あなた達は昔から仲良しなんだから。」
そんな笑顔を見てふたりともばつが悪い顔を並べた。
端から見れば仲が良い気はしないだろうが、武州で長い間過ごしたミツバや近藤はそんな二人を見てそう言っていた。
「あ、江戸には仲良しのお友達はいるの?」
「……」
ミツバ姉の言葉に、何か考えてる様子の総悟。
この顔からして思い当たる節がないらしい。そりゃ憎たらしいコイツに友達ができるわけが、
「親友の坂田銀時くんです。」
グアッシャ
テーブルに顔を打ちつけられる総悟。
急に席を立ち上がり、銀髪の”トモダチ”を連れてきたかと思いきやこのザマで。
こりゃ本当に付き合いが良い人間がいないな、とパフェに口を付けているとテーブルにまた新しいパフェが三つ運ばれてきた。
「親友ってゆうか、むしろ弟?みたいなー。ね、総一郎くん」
「旦那、総悟です。」
パフェが来た途端、調子が変わった銀髪さん。餌に釣られるタイプ。うん、単純。
しかし素直なミツバ姉はそれを見てまた嬉しそうに笑う。
「あら、またこの子は…こんな年上の方と仲良くなって。」
ミツバ姉は柔らかく笑い、坂田さんのラスト一個のパフェグラスを一つ手元に持ってくる。
「え?ちょ、お姉さん?」
ドババババババババ…
「ん、あれ?え、何してるの?」
目の前で無残にも銀髪さんのパフェは
赤く染まっていった。
「総ちゃんがお世話になってるから、何かお礼がしたくて。美味しい食べ方があるので是非。─、辛いモノはお好きですか?」
タバスコ一本まるまる味付けされたパフェは、もはや甘味でもなんでもない。それを見て咄嗟に自分のパフェをスッと物陰に隠した。
「え、お好きですか?って。や、パフェって本来甘いモノだからね?」
「お嫌いですか、総ちゃんのお友達なのに」
「お友達関係なくねっ?!」
そう坂田さんが声を荒げた瞬間、ミツバ姉はゴホゴホと咳き込み始める。
それに一番に反応するのは総悟。
慌てたように銀髪さんを呼びかける。
「旦那っ!」
「くそっ、食やいいんだろ!っし、水用意しろ!」
「ゴホゴホッグアッゴホッ」
「水もダメだってかっ!!!」
更に咳き込むミツバ姉に焦る坂田さんと総悟。
終いには真っ赤な血を吐き出し倒れたかと思うと
坂田さんは真っ赤なパフェを一気に口に駆き込む。
「姉上っ、」
「大丈夫、さっき食べたタバスコ吐いちゃっただけ」
「グアッ」
あたしの目の前で坂田さんは辛さで倒れ込んで、ヒーヒー言わせていた。目の前に水をスッと渡すとすぐさま口に水を含み必死に口を濯いでいた。
『ハハハッ、よくできました』
「あ、あぁ、サンキュ。お前も総一郎くんの兄弟?」
『いえ、あたしはただの幼なじみ。』
横で心配そうにミツバ姉を抱える総悟と、
楽しそうに笑うミツバ姉。
実際ミツバ姉も天然Sなのかも……、と
心の中で思い苦笑した。