だからそんなに悲しい瞳で震える声で聞かないで「愛してる?」
誰もがひとり、
一度の人生に運命の相手が必ずいるのなら
瞳の奥を見つめて何かを感じたときは
ぎゅっと握りしめた手、離さないで。
失うことに慣れてしまった人なんて
きっと、どこにも居ないから。
君の愛で、私を壊して
── 京都島原、遊郭
夜を迎えればここは毎日賑やかに人が集う。
【 女は地獄、男は天国 】
誰かはそう言った。
女は小さな頃に売られた者ばかり、
外へ出ることも許されず、夜を迎える。
太陽など何時から拝んでいないだろう。
そう思いながら、あたしは空を見上げる。
『── 、』
月は少し欠けてはいる。
その様子をただ見つめる男がひとり。
「…… ククッ、そんなに月が好きか」
振り向くと、暗い部屋に胡座をかいて
酒を進めながら口元に弧を描く男が
月の光で映し出される。
『…… 嫌い、あたしは太陽を見たいの。』
「ほぉ…、見りゃいいじゃねェか。」
自分で話を振って置きながらも、
興味無さそうに酒を注ぐのはいつものこと。
『ねぇ、晋介は昼間も外を歩くんでしょう』
傍まで近寄り、隣へ座り込み顔を覗く。
まだ口元は笑みを浮かべていて、
あたしを見てはまた、─ククッといつもの笑いを見せる。
「当たり前ェだ。
まぁ、俺は月夜のほうが心地良いが」
『─…… 嫌みにしか聞こえない。』
「まぁ、拗ねんじゃねェよ。」
この男の顔は島原の街にも知れ渡っている。
鬼兵隊、攘夷志士 ──高杉晋介。
いつからか、この島原に訪れ、
京へ足を運ぶたびにあたしと夜を過ごす。
ただただ変わり者─、としか思わない。
この地であたしは遊女として生きてきたが、
今はこの男、晋介のために生きているも同然。
「俺が、いつか外へ連れてってやらァ。」
そう言葉を吐いて重ねる唇は、
いつも冷たく煙草の味でいっぱい。
「お前ェさんの頼みなら、何だってしてやらァ。」
あたしは晋介に買われている。
京へいる間、一緒に過ごすのは勿論──
この街に居ない時間も他の誰も近付けさせない。
誰ひとり、あたしと身体を重ねる人も居ない。
そのひとりの時間さえ、
晋介のモノにされているから。
『──甘やかせ過ぎだよ、』
その独占欲は嫌いではない、むしろ心地が良い。
いつだってひとりじゃない気で居れた。
「悪ィかよ、
── ゆずぽん、」
晋介の声は心地が良い、その怪しい笑い方も、
悲しそうな目も、
まるで自分を見てるみたいでほっとけない。
『──っ、…晋介……っ』
名前を呼んで、首筋に舌を這わせられる。
それに答えるように、あたしもあなたの名を呼ぶ。
何度、キスを交わし
何度、身体を重ねて
何度、愛してると言っただろうか。
「──、ゆずぽん…っ……俺が…、」
『っん…─っ……ぁ…し、晋…介、』
きっとあたしたちの愛し方は間違っている、
お互いに傷の舐めあいをしているに変わりない、
けれどこの愛の全てが嘘かと言われてしまえば
違うと言い切れよう。
「──次の満月の夜に、外へ連れてってやるよ」
耳元で聞こえた声に驚きが隠せない。
晋介の目を見ると、少し笑みを浮かべ、
そのままもう一度、キスを落とした。