恋の片道切符

偶然、で済ませて逃げて終えたなら、きっと恋だと気付かずにいられたのに。
導火線に火が点った今は、最早手遅れだ。









榊大地の写真を撮って来い、と告げたのは支倉仁亜だった。
自分は手が離せない大事な用事があるからとゴシップ記事を追い掛けながら命令を下す。
ちょっと、私の方が年上っていうか先輩なんですけど。報道部の実権は何故か彼女が完全に握っている為、逆らえない。
顔の良いお坊ちゃまで女性に優しい軽い男という者が理解出来ない私に、絶対に一枚は撮って来るようにと、それから、隠し撮りの秘訣を伝授して支倉は猫のように身軽に消えて行った。

溜め息ひとつ零して、仕方なく、その男が居るで在ろう教室辺りを探る。
正直面倒なので逃げて終いたい。いっその事、修学旅行の集合写真の榊の所だけアップにしたらそれでいいじゃないかとも思うのだが、ダメだろうか。
普通科3年2組の教室まで来て、榊くんなら音楽室よ、と返されるこの無駄とやって来た疲労感。あのひと昔はなかった茶色いシャツ、漂白剤に漬けてやりたい。
楓館の端から、また階段を降りて、校舎の端の桜館まで行かないとならないなんて。
それだけでもぐったりしているのに、これからあの男を追い掛けなければならないと思ったらやる気がなくなるったらない。

漸く音楽室に辿り着いて、目立つシャツを見付けたと思ったら奴は部屋のど真ん中に居て、私は隠れようもなかった。
しかも、女子がガヤガヤと榊を囲っている。何故あの男はウィンクをしようと思うのだろう。周りの女の子達が嬉しそうに頬を染めるのが見えた。
私はあの秘技に対してどうも思わない。榊が片目瞑ってみせたからって何だっていうのさ。パフォーマンスか何かのつもりでも、効く人と何ともない人が居て、私は後者だ。
榊は3年間同じクラスだけど、格好良いとか素敵とか思った事はない。告白現場に遭遇して、バレない内に回れ右して逃げた事もあった。
そう言えば、榊はやたらモテるのに誰とも付き合わない。まあどうでも良いか、そんな事は。彼奴が本気になろうがならまいが、私は写真を一枚撮って帰れば良いだけなのだから。とっとと仕事を終わらせて仕舞おう。


「水無月」
「って、な、何でこんな近くに居るの、近いよ、無駄に」
「随分熱い視線を感じたから、俺に用があるのかと思ったんだけど、違ったかい?」


ああ、だから、その笑顔が苦手なんだ。女の子なら誰にでも振り撒くその爽やかで優し気な微笑みが、すごく。
軽い言葉は何時もの常套句なので流して置く。こんなのでときめいていたら、心臓が保たない。


「さっきの女の子達は?」
「ああ、俺が他に用があるって言ったらもう行って終ったみたいだね」
「別に、ゆっくりしてて良かったのに。私は急かした覚えはないよ」
「俺が、水無月と話したかった、じゃダメかな」
「…そう言うのは、好きな子に言ってあげなよ。そんな事ばっかり言ってるとさ、何時か愛想尽かされるよ」
「だったら、水無月は、愛想が尽きたかい」


普段見ないような顔をして言うものだから、心臓が驚いたに違いない。至近距離で、そんな真面目な顔して、見詰められたら、どうして良いか解らなくなる。
好きじゃ、ない筈なのに。むしろ苦手だと思っていたのに。心臓は五月蠅いし、体温は急に上がっているし。
この人は、いきなり何を言ってるんだろう。


「じょう、だん、ならもっと楽しい事言って」
「冗談じゃないから、言わないよ」


ああ、もう、最悪だ。
写真を一枚撮りに来ただけの筈なのに、捕まって終った。しかも、直ぐには帰れそうにない。
入り口辺りでパシャリ、音がして、私は最初から嵌められていたのだと気付く。

どうやら、気にし過ぎていた時点で、恋におちていたらしい。
片道だった筈の切符が、もう一枚追加される。悔しいけれど、支倉の一人勝ち。私の完敗。
結末を描いた停車駅は直ぐそこにあって、目を反らしてばかりいた私をやさしく出迎えた。











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22815.村棋沙仁

pour toujours様に提出させて頂いた、榊大地夢です。
だれだこれ\(^o^)/なんかゆのきみたいになって自分がすごく落ち込んだ○| ̄|_

でも楽しかったです!瑞奈様、有り難うございました!



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