短編 | ナノ
(ちょっとした修羅場)
(かなりくだらないギャグ)



放課後、いつも一緒に帰る友達が先生に呼び出しを食らったらしく「ちょっと待っててよー」と言われて一時間経った。

はじめは自分の席で携帯いじってたんだけどすぐに飽きちゃって、教卓と黒板の間で少し前に流行った某ダンスの練習をこっそりしていた。(ステージ感があってつい)
そんな時、突然教室奥の扉を開けるガラガラという音がした。わたしは反射的に教卓の裏に隠れてしまい、ボソボソと聞こえてきた声が友人じゃないと悟って出るに出られなくなったのがここまでのあらすじ。


「わたし、ず、ずっと前から好きでした…よかったら付き合ってください」

そしてこの展開である。

というか、こ、この声は!?クラスのマドンナ片山さんだと…!?

彼女は3-Cのマドンナ片山百合子ちゃん。名前のとおり背景に百合が咲き誇ってるような幻覚が見えるほど柔らかな雰囲気を醸し出す美少女。そして男子人気が高い。
そんな彼女の告白現場をぶち壊したことが知られれば、後日マドンナの友人達に袋叩きにされそう。想像しただけで恐ろしくて口元を両手で覆った。息すら止めたい。心臓も止めた方がいい…?なんて悶々としていると、ついにお相手の人物が口を開いた。

「ありがとう」

な、なんと…!
またしても私は衝撃を受けた。男子もまたクラスの羨望の的、立海テニス部部長の幸村くんではないか!神の子と呼ばれ、一時期入院していたのもあって男子なのに儚い印象がある美少年だ。こちらも幅広い女子から根強い人気のある男子である。

この2人がくっつけば立海きってのビックカップルが誕生する!
わたしの心の中はふたりを祝福するコールが巻き起こっている。スタンディングオベーション、拍手喝采である。
よし!そのまま教室からラブラブで手を繋いでフェイドアウトしてくれ…!そして早くこの空間から脱出たい!ちゃっかり本音が出たが、祈るように目を瞑った。

しかし。


「でもごめん、俺好きな人がいるんだ」
「え、…」

な、なんだって!?!?
幸村くんそりゃないぜ!あのマドンナの告白だよ?!たしかに君も神の子と言われるほどには神々しいけど!でも!ええー!?いいの!?そんな美少女振ってもいいの!?後から後悔しない!?私だったら後悔する!!
そんなことを思いながら教卓の中で百面相をする私の心境なんぞ、神の子は知る由もないだろう。しかし、長引く修羅場はいかがなものかと!

「す、好きな人って誰…?わ、私より可愛い子…?」

色んな感情が抑えられなくなったのか、片山さんが啜り泣く音、震える声が聞こえてきた。
しかし「私より可愛い子?」って聞いちゃうなんて流石マドンナ。自分よりカワイイ子なんておらへんやろ!っていう絶対的な自信があったんやろうなーとダーク名前が顔を出す。
やめや!失恋中の女子にせっつくなや!ともうひとりのピュアな名前が喝を入れる。そ、そうだな。てか何で関西弁。

そんな一人漫才を終えて二人に集中していると、とんでもない言葉が聞こえてきた。


「苗字さん」
「え、?」
「俺が好きなのは、苗字さんだよ」


思わず教卓からゴロゴロ幸村くんのところまで転がっていって「なんでやねん!」ってツッコミを入れそうになった。いや、しないけど!
てかなんでわたし、?ええ?!ほとんど接点ないけど…!?
それは片山さんも思ったようで、納得いかないとでもいうように食い下がっている。

「苗字さんってうちのクラスの…?」
「そうだよ」
「な、なんで苗字さんなの?!話してるの見たことないし、まず幸村くんには釣り合わないと思う!」
「…」
「わ、私の方が可愛いし、部活で忙しい幸村くんのこと支えてあげられるし…!」



気 の せ い じ ゃ な か っ た。

ちょ、え?何、幸村くんの好きな人がわたし?なんだそれ意味わかんねえ絶対嘘だそれ。今適当に思いついた人のなまえを言っただけだろ!やめろ!私に災いが降りかかるやつやんけ!

てか、ま、マドンナてめぇ…!

釣り合わないのはよく分かってるけども、そんな"念押しときますけど?"みたいに言わんでも良くないですか!?心の隅で先ほどのダーク名前が『ほらみたことか〜』と嘲笑っている。や、やめや!ほんまに!
しかし美少女に「釣り合わないと思う」から始まり色々貶されると流石に凹むものである。言われなくてもわかってるし、顔面偏差値上位にいわれるとね。突き刺さるよね。

そら、健康と元気がとりえなだけの中学生ですよ。ずば抜けて可愛いわけでもない。普通。女子力が高いわけでもない。普通。
得意なのは面白おかしく周りを笑わせることくらいだ。そんな漫才女に負けたのが相当悔しいようで、片山さんは強い口調で幸村くんに迫った。
あーあ、盗み聞きするんじゃなかった。なんだこの聞き損。てか明日からわたし苛められるんじゃね……こわ……。なんて思いながら柄にもなく落ち込んでいると、それまで黙っていた幸村くんの声が響いた。


「釣り合わないって誰が決めたの?」


聞こえてきた声は、それはそれは冷たかった。その場が凍りついたのがわかる。なんせ、今まで彼からこんな声が発せられたのを聞いたことがなかったからだ。それは片山さんも同じらしい。ま、わたしも同じクラスメイトとして知っている範囲だけど。
ただわかるのは今幸村くんは不機嫌かつ、嫌悪感を露わにしているということだけ。

「そ、それは…」
「どうして、何も知らない君が決めつけられるの?そんな権利ないよね?」
「っ、!」
「君だって、好きな人が馬鹿にされたら腹が立つだろ」

え、ちょっと幸村くん口調怖くないですかね。

一部で(主にテニス部)彼が魔王と呼ばれていると聞いたことがあるが、その片鱗を見た気がする。しかし、一瞬にしていつものほがらかな声色に戻った幸村くんは「もういいかな?」と終止符を打った。
そして、スクールバックが擦れる音と、バタバタと走り去っていく音が遠のいていった。片山さんは教室をあとにしたようだった。

ゆ、幸村くんドイヒー!



「ふふ、酷かったかな」

ピシリ。体が固まってしまう。い、今のは私に言ったのか?!わ、わたしなのか!?
動揺と汗まみれになって心臓がバクつく。てか酷いって言ったの聞こえてた?!わたし心の声漏れてた!?これは大人しく出るべきなのかな。それとも別の人も隠れてるとか?掃除用具の中に隠れてるのか!?

「苗字さん」
「う、うわぁッ」
「ぷっ、…あはは!その顔、いいねっ…」
「ゆ、ゆきむらく、」

驚くべき早さだった。いつの間にか幸村くんはわたしが隠れている教卓を覗き込んでいた。驚愕する私の顔を見て(そんなにひどい顔してたのかな)堪え切れなくなったのか噴き出していた。え、これドッキリ大成功〜!ってプラカード持った人が飛び出してきたりしない?しないの?

「驚かせてしまったかな」
「え、ええと…」

幸村くんはふわりと温かく微笑んでくれた。

「い、いつから気付いて、…?」
「最初から。面白いダンスも見てたよ」
「う、うわあああぁッ」
「くくっ…苗字さんって…ほんとっ、面白いね…?その顔最高っ…!」
「ど、どの顔…」
「ん、困った顔が、とっても可愛いよ」

ボンッと顔が熱くなる。やめろイケメン、照り殺す気か。余計に心臓がバクついて何も言い返せずにいた。
そういえば幸村くんって笑いのドツボにハマると止まらないんだっけ。前に一度、またまた通りかかった幸村くんの前で友達にツッコミまくってたら大ウケしてくれたことあったもんな…なんて遠い目をしてしまった。あーあ、まだお腹抱えて笑ってるよ。
だんだんジト目になってきた私をみて彼は「ごめんごめん」と目尻に溜まった涙を拭う。

「君はいつも俺のこと楽しませてくれるね」
「へ?」
「俺が学校に戻ってきたばかりの時もそうやって笑わせてくれたんだよ」
「あ、それなら、お、覚えてるよ。わたしのツッコミみて爆笑しだしたからビックリしたし…」
「うん。面白かった。ツッコミのキレが半端ないよね。我慢してたんだけど止まらなくなっちゃたよ」

幸村くんはなんだか嬉しそうだ。でも、それがどうなって私が好きだなんて話になったんだ?もうパニックになって展開についていけないよ。

「そ、その、幸村くん。さっき言ってたことって…」
「うん、本当だよ」
「な、なんですと…でもわたし、幸村くんとほとんど話したことないのに…」
「そうだね。俺が勝手に、好きになってしまってただけだから」

幸村くんが目線を合わせるためにしゃがみこんでくる。青色のウェーブした髪に、優しげな瞳。男の子なのにいい匂いがする。

「苗字さんにとってはあの時のことなんて些細な出来事だったと思うけど、……うん。すごく救われてたんだ」
「救われてた…?」
「学校に戻って来てからみんなから過剰に気をつかわれるようになってね。有難かったけど、なんだか爪弾きにされてるような気分だったんだ」
「…」
「苗字さんはそんな俺を楽しませてくれただけじゃなくて、普通に接してくれたから。すごく嬉しかったんだ」

幸村くんの手が、未だしゃがみ込んだままの私の手に触れる。温かい、予想よりしっかりとした男の人の大きな手で、ドキリとした。

「え、とその…」
「ん?」
「これって告白…?」
「それ以外に何があるの?」
「で、ですよね」

ああ、私を待たせていた友人よ。すべてチャラにしてあげよう。それくらいのミラクルが起きてしまった。パニックを起こしたままのわたしは幸村くんの手を取って、立ち上がる。

「改めて言わせてね。苗字さん、好きだよ」


幸村くんに見事落とされたのは言うまでもない。


幸村くん誕生祭の時に書いていたもの。
20170822