短編 | ナノ
▽社会人設定


「俺と名前の仲だってのに水臭い!それならそうと早く言ってくれ!」
「え、なに?話についていけないんだけど…?」
「ごめんね名前ちゃん、鶴さんだいぶ酔ってるんだ」
「こいつーいつから飲んでんのよ」
「仕事が終わってすぐにコンビニでビールをだな……伽羅坊!お前もたまにはハメを外せ!いいな!?」
「…うるさい、構うな」


がやがやと華金らしく飲み屋街は賑わっている。光忠くんが予約してくれたらしいイタリアンバルも大賑わいで、個室にいてもあちらこちらから賑やかな声が聞こえてくる。

目の前の超絶イケメン三人衆は会社の同期の鶴とその友達の光忠くんと伽羅くん。
鶴に誘われて飲みに行くと何故か毎回この二人がおまけでついてくるのだ。最初はイケメン勢揃い過ぎて圧倒されてたんだけど、今となってはすっかり慣れてしまった。慣れって怖いね。
そんなこんなで気さくで話しやすく、またお洒落で気遣いのきいたスパダリ光忠くんとはあっという間にタメ口で話す仲になった。一方、伽羅くんとは初対面で「馴れ合うつもりはない」って言われちゃって、「あ、うん」って返しつつも気にせず「これ食べる?どうぞ」って接してたら最近は諦めたのか返事が返ってくるようになった。
そして時々、鶴と光忠くんと話す私を穴があきそうなくらい見つめてくる。睨むわけでもなく「▽じっとこちらを見ている」ってテロップつきそうな感じ。そんな彼を横目でチラ見しながら烏龍茶をひと口。はい、そうなんです。苗字名前、本日飲めません。


「なんだ名前、二次会行かないのか?」
「もー、あたしが明日休出なの知ってるでしょ」
「おお!そうだったな!」
「名前ちゃん仕事なんだ?」
「うん、企画が押しててね。んじゃ、そろそろおいとましまーす。お金ここ置いとくね」
「お金はいいよ!鶴さんが払うから」
「おい光坊聞いてないぞ?!」

いつものように酒を飲み(私は飲んでないけど)、腹を太らせていれば夜も更けてきた。携帯画面に映されている時計を見れば日付を越えようとしているではないか。いくら若いといってもそろそろ帰らないと。残酷なことに明日も労働が待っているのだから。


「あ、ちょっと待って名前ちゃん」
「ん?どした?」
「もし良かったらなんだけど…伽羅ちゃん送って行ってくれないかな?」

伽羅ちゃん。そう言うと光忠くんは隣の仏頂面の伽羅くんを指さした。相変わらず仏頂面で赤くもないし青くもない。

「女の子に頼むのもなんだけど、伽羅ちゃんもう眠いみたいでさっきからこうなんだ。鶴さん次に行く気満々だし…」
「あーなるほど理解した。うん、いいよ」
「よかった。じゃあ伽羅ちゃんをお願いね」

そう言ってぽん、とわたしの肩に手を置く光忠くんはいつもより三割増で爽やかだった気がする。


***


「えっと次は?」
「………ふたつ目の信号を右」
「おっけ」

鶴と光忠くんとさよならをして大倶利伽羅くんを乗せ、名前はハンドルを握る。どうやらお眠らしい彼はいつもの強い口調が和らいでいるようで……というかちゃんと話すの初めてじゃない?


「伽羅くん?ついたよ?」

彼のナビとおり道を進み、最寄りのコンビニを教えて貰っていたので駐車場に車を停めたのだけれど、私の家とめちゃくちゃご近所さんだった。ナルホド、鶴あたりから私がどこら辺に住んでいるか聞かされていたのかな。だから光忠くんは頼み込んできたのかもしれない。
しかし声をかけても隣の大倶利伽羅くんはまったく動かなかった。あれ?寝ちゃった?と見やるもバッチリおめめ開いてる。めっちゃ起きとる。あれ、聞こえなかったのかな?



「……他の奴に言われてたんだが、」

ずっと黙ってた伽羅くんがボソッと呟いた。だるそうに右手を額に当てて、目線は窓の外の月を見つめていた。ポツリと話す声を聞いていれば、どうやら他の友人から今日の飲み会のあとに送迎しようかと提案されていたらしい。

「あ、そうだったんだ」
「でもあんたと居たかったから断った」
「………へ?」

伽羅くんの明るい瞳の色が暗闇の中で光っている。じっと見つめられている。いつもこんな風に私を見ていたの?

こんな風に、少し熱っぽい目で。

すっかり固まってしまった私はただ真っ直ぐに彼を見つめるしかなかった。辛うじて絞り出した声は掠れてしまう。

「えっ、と、ありが…とう…?」
「…別に、礼を言われるようなことはしてない」
「あ、うん…」


ガチャリと車のドアが開く音がした。瞬きを何度かしているうちに伽羅くんは運転席の窓をコツコツと叩いていた。
そのまま固まっていた私がハッとして振り返る。慌てて窓を開けて顔を上げれば、またあの目と目が合った。


「ど、どうした…?」
「………」
「伽羅くん…?」

ピクリ、と伽羅くんが動いた気がした。


「来ないか」
「え、」

彼が何を言わんとするかなんて、こんな熱帯夜に、そして彼の熱っぽい目を見ていればすぐに分かることだった。




2017.07.29