短編 | ナノ
※白蘭が報われない



もしもの話をしようと思います。え?なんでいきなり?いやあそれが私もよく分かんないんだけど、何となくしたくなるのがもしもの話じゃないですか。
で、もしもの話なんですけど。
ほら、ミルフィオーレのボスに白蘭って居たじゃないですか。パラレルワールドを見ることの出来る、不思議な人。

私あの人と偶々お話したことがあったんですよね。あ、でも出会ったのは彼がまだその能力に目覚めたての大学生の時で、これまた偶々その大学に潜入任務してた私を何故かお茶に誘ってくれた時の話なんですけど。

勿論彼は私が暗殺者だって知らなくて、面白い話をしてくれたんです。もしもの話って言うんだからきっと大体分かると思いますが、そうです、パラレルワールドの話です。
彼は「僕ね、他の世界の君を見かけたことがあるんだよ」とか話し出して、その頃何も知らなかった私は電波だコイツ…と若干引き気味だったのです。



「へぇ、私何してました?」

「んー、何をしてたって訳じゃないんだけど街ですれ違ってね。イタリアでジャッポーネを見かけるのは珍しいから暫く眺めてたんだ」

「ただの変態じゃないですか」

「あはは、うん。まあ確かにそうかも」

「認めるんですか」

カフェテラスでエスプレッソコーヒーを啜りながら二人で話し込んでいると、時間はあっという間に過ぎていく。
イタリアの郊外にあるこのカフェはキャンパスから歩いて5分のお手頃でお洒落な、若者向けのものでした。
そこで彼はお気に入りのミルクコーヒーを頼みました。私は何となく、エスプレッソコーヒーを。




「そしたらね、君の隣に髪のながーい男がやってきて」

「髪の長い…」

「僕を指さして怒鳴ったんだ、「ゔお゙ぉい!!」……そうそう、こんな感じに」

辺りに響いた爆音、濁声。私は一瞬にしてそちらを見上げた。そこには同僚の、スクアーロが苛々顔で立っていました。


「テメェ仕事サボって何やってやがる!!」

「え、てか何でアンタ来てんのバカなの!?」

「ヘマしてんじゃねえかと思って来てやったんだぁ!!ちったぁ有り難く思え!」

「いや意味わかんないし!」

勝手に怒鳴りだしたスクアーロに「分かったから向こうで待ってて」と言って白蘭に向き直る。
すると彼は「彼、君の同僚でしょ」と笑った。ひやり、冷や汗がでた。同僚?私たちまだ大学生だよ?と言いかけた私の口は、ストップする。否定されるのが怖くて言えなかったのだ。


「同僚っていうか、うん。友達?」

「友達かあ…彼も報われないなぁ」

「え?」

「いや、何でもないんだけど」


にこりと笑った白蘭は私を見つめながら「名前チャンって鈍感だから」と呟いた。ど、鈍感って。


「彼、待ってるからもう行く?」

「あ、うん。そうしよっかな…ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」

「構わないよ。君と話せてよかった」

また笑った白蘭は手元にあった角砂糖を自分のコーヒーにポチャンと落としながら言った。ふわふわの白い髪に、あのヴァイオレットの瞳が楽しそうに細められた。


「あのさ」

「うん?」

「君に、頼みがあるんだけど」

「…何?」

「いきなりこんなこと言ったらきっと、今以上に引かれちゃうと思うんだけど」

話しながらテーブルの端に置いてあった角砂糖入れの中身を鷲掴みした彼はボチャボチャとコーヒーに落としていく。酷く、アンニュイな笑みを浮かべて。

「そーゆうことに手慣れた子がまだ僕の周りにはいなくて。君にしか頼めそうにないんだ」

そこにスプーンを突っ込み、かき混ぜながら彼は言った。




「僕を殺してくれないかい」





『他の世界の君はスクアーロ君と一緒に此方にやってきて、こいつが十年後のマーモンを、なんて憎々しげに呟いて僕に銃口を向けるんだ。酷いよね。あの頃の僕はまだ何も知らないのに。きっと十年後から帰ってきた綱吉君達に聞かされた未来を食い止めようとボンゴレが措置を取ったんだろう。
でもね、きっとその世界の綱吉君達が十年後の僕を倒したことによって、この世界の未来も変わり始めてるんだ。
その証拠に、僕は君に殺されるなら胸に秘めてるこの野望を海に捨てることが出来るんだけど。何でだろうね、分からないけどやっぱり君に銃を向けられたのがショックだったんだと思うよ』


なんて彼が呟くのを、私は聞き取れなかった。何故なら任務のターゲットが私に気付いて威嚇射撃をしてきたから。
そして任務を終えた私は彼と会うことはなかったのです。ボンゴレ狩りが始まるまでは。





「ねえ白蘭、もしあの時私が貴女の話を聞いていたら今どうなってたのかな」

「んー…それは僕にも分からないなぁ。何せ君は僕にとっても他のパラレルワールドでもイレギュラーな存在だからね」

真っ白な部屋の真っ白なベッドに腰掛けた白蘭は小さく笑いながら真っ黒な隊服に身を包んだ私に答えた。
この世界の白蘭はお優しい十代目により、とどめをさされなかったのだ。そのかわりに半永久的な幽閉を余儀なくされてしまった。彼の残りの半生は全てこの部屋で啄まれてしまうのだ。

そんな彼のために私はこうして足を運ぶ。話し相手がほしいと言う彼は、十代目に私を指名した。

「スクアーロ君とはどう?」

「お陰様で、来週ようやく挙式です」

「それはおめでとう、彼もようやく報われたね」


真っ白い部屋にポツンと真っ黒な私。まるであの時のコーヒーの中に落とされた角砂糖の真逆。


もしもの話、聞かせてくれた白蘭はいつものニコニコ顔。




「ゔお゙ぉい、そろそろ終わりにしろぉ」

「あ、スクアーロ」

「やあスクアーロ君」

「…帰るぞぉ名前」


もしもの話を話し終えると見計らったようにスクアーロ君が分厚い扉を開けてやってきた。
そして毎度のように顔を顰めながら名前チャンの手を引いた。あらら、僕のこと警戒しすぎだよ。大丈夫、もう僕は羽を折られた鳥なんだから。六弔花のみんなも居なくなっちゃったし、僕は世界にたった一人。君たちにかなうわけがないだろう?

「うん、白蘭、またね」

「ばいばい、名前チャン」

パタンって閉まった分厚い扉。何の音もしないこの部屋に僕一人。今更だけどさ、もう少し、もう少し君と関われば何か変わるんじゃないかって思ってた自分が居たんだ。だってどの時代の君も、未来を知って僕を殺そうとした君も結局引き金は引かなかったから。
どうにかして、それこそ積み木崩しみたいにゆっくり何かを引き抜けば僕たちの関係は変わるんじゃないかって思ったんだ。で、期待してみたらこの結果さ。



「あーあ、やっぱりあの時、名前チャンに殺してもらえばよかった」



白蘭のもしもの話。
20110708 前サイトより