必需品=貴方


ふわり、と北風がふいた。
建物の隙間を縫いに縫って、ヒュウヒュウと音を立てる。


夜のネオン街は昼間とは違う顔で活気を保っていた。
酒の匂い、香水の香り、甘い声……。









必需品=貴方









「あー…なんか…」




はー、と白い息を吐いて白は肩をすぼめた。
隣で歩くアカギが「どうしたの?」と身をかがめる。


「ちょっとね、気分が」
「顔色が悪いな。大丈夫?」
「疲れちゃったのかも。ごめんね?」


きらびやかな店の軒下に避難し、白の顔を覗き込んでいたアカギは眉をひそめた。



「なんで謝るの。白は悪くないだろ」
「んー…迷惑かけちゃったかなって…」
「別に、迷惑じゃない」
「そう…?なら、よかった!」



本気で心配している様なアカギに心が溢れ、白はにこりと微笑んだ。
雀荘帰りで私より疲れているだろうに、こうして気をかけてくれるのが何より嬉しかった。



「アンタと歩いて帰るのもいいけど、今日はタクシーね」
「悪いね、しげる」


ありがとう。と微笑むと、アカギは口端を緩めた。























「はい、水」
「ありがとう…」



タクシーで家であるアパートに帰るなり、白は手際よくベッドへ放られ、冷えた水を手渡された。
天井を仰ぎ、大きく息を吸えば若干気持ちが楽になる。



「外、寒かったからかな?無性に気持ち悪くなっちゃって…」
「クク…あんた、気づいてないのか?」
「なにが?」




クツクツと面白そうに喉を鳴らすアカギに、白は不思議そうに首をかしげる。
すると瞬間。
アカギの逞しい腕が白を引き寄せた。

必然的に抱き合う形になり、白は困惑の声を上げる。




「ちょお……!?」
「白、白。深呼吸してみて」
「は、はぁ!?訳がわからないっ…」
「いいから、ほら」



すってー、はいてー。
決して離そうとはしない腕に諦め、渋々アカギの要求を飲むことにした。
大きく息を吸い、肺の中から空気を吐き出す。
アカギに見守られながらも何度かその動作を繰り返すとなんとも言えぬ安心感が体に流れ込んできた。
鼻から入ってくるのはアカギの匂いだけ。

さっきまでの重い頭と体が嘘のように、軽くなったのである。



「───…ん…」
「どう?」


クク、と笑を湛えて耳元で囁くアカギに、何だか色々と恥ずかしくなりその首元に顔をうずめた。



「……普通」

「相変わらず、素直じゃねぇな」
「素直だし!」



ぎゅう、と腕の力を強めると、呼応するようにアカギも力を入れた。
感じるアカギの暖かな体温に体の力が抜けていく。



「────まぁ、おちつく、かも」
「フフ…。少しは気分は、マシになった?」
「…うん」




背を撫でるアカギの手が心地よくて、全身の体重を任せてしまう。
耳元にかかる吐息にさえ、落ち着いた。



「アカギ……───」
「…白?」




すう──…。
愛らしい寝息が微かに聞こえ、アカギはフと目を細めた。

優しい手つきで己に凭れる白を布団の上に横にし、毛布をかける。
長い睫毛が美しい瞼にそっと唇を落として、胸ポケットからタバコを取り出した。

何度か煙をふかし灰皿に押し付ける。




「………白」


愛しい人の名を呼ぶ声はとても優しく部屋に響いた。



「アンタはもう、俺なしじゃ生きてけねぇんだ…」


「まぁ…お互い様だけど」





窓を開ければ、天井を渦巻いていたタバコの煙が北風に紛れ逃げていった。













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bkm

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