この勇気はあなたがくれた
息が切れる。
もうどれくらい歩いただろうか。
私は近くの木の根本に腰をおろし、くしゃくしゃになった地図を取り出した。
必死に雪村の地までの道を頭にいれようとしたけど…あの人の目が頭の隅でちらついて、ため息をついた。
「沖田さん?」
「総司、だっていってるでしょ?」
なんで覚えてくれないかなぁ…
愚痴る彼に苦笑い。
だって、こういえば…あなたは必ず答えを返してくれるでしょう?
「総司さん…なんで布団から抜け出してるんですか」
「ちょっと猫が通ったから見てこようと…」
「刀を持ってですか」
なぜか刀を持って庭へ出ようとした総司さんに一度部屋に戻るように言うと、彼は頬を膨らませながらも部屋に戻ってきた。
「君も山崎君みたいに言うの?」
…あそこまでしつこくはないかと思うんですけどね。
今朝の薬をめぐっての彼らの会話を思い出してため息をついた。
「せめてしっかり休んでほしいです。それに、松本先生が用意してくれた隠れ家が、敵側にばれてしまう可能性だってあるんですよ?」
彼は時の人。
新政府軍に目をつけられているのは確実なことだし、迂闊に歩いて見つかりでもしたら大変だ。
「…君にそんなこと言われるとは思わなかったな」
「どういう意味?」
「何も考えてなさそうに見えるから」
「なんですと!?」
「あ、それできたんだ?」
「…はい。話をはぐらかさないでほしいんですけど」
私は彼の指差した、刀に結わえ付けてある千代紙で作った猫と紅葉の根付けを手に取る。私はずいぶん前からこれを作っていたけど…なかなかうまくいかなくて…
「何回も作り直してたからね…」
「鼻で笑うなや」
笑いながらこちらを見る総司さんに突っ込んでから、根付けを離した。
「かわいいと思うよ、紅葉と猫」
「…ありがとう、ございます」
思えばあのときから…すでに決まっていた出来事なんじゃないかと思う
刀につけている千代紙は、幾度かの戦闘で既にボロボロになってしまっていた。
千代紙を手に取ったとき、フッと総司さんのことが浮かんだ。
彼には紅葉が似合う。猫みたいな一面がある。
紅葉色と焦げ茶の千代紙は彼を連想させた。千鶴ちゃんに頼んで作り方を教えてもらい、試行錯誤の上で完成させたそれは彼からも誉めてもらえたほどだ。
切れそうになっている紐と、それに繋がる紅葉と猫。
ついさっき、私と彼の道は別れた。
彼は近藤さんの想いの残る新選組に留まり、私は故郷である雪村に…薫を倒し、羅刹の国を作らせないようにするため、歩む。
『君、一人で行く気なの?』
『はい』
『僕も…』
『あなたにはあなたの道がある。私は、その道を邪魔したくない』
『…告白したこと、忘れられちゃったのかな』
『忘れてない。でも違う志を持っているもの同士、しょうがないし。同じ道を歩くことはできないですよ』
『…君は強いなあ』
去り際の会話はそれで終わった。
我ながらあっさりしたものだと思う。けどそれくらいが私たちにはあっている。
総司さん、あなたは私が強い子だって言ったよね?
でも、強さを持ち合わせているのはあなたの方なんですよ?
私は…ちょっとだけ、それを分けてもらっただけなんです。
「さ、行こうか。相棒」
私は刀に手をかけ、もう一度走り出した。