そろそろ気づいて


参拝客どころか神主さえも普段は滅多に来ない少し寂れた、昔から細々と有りつづける神社がある。
そこの境内の中に入り腰を下ろす私と、私の膝を枕にして戸の外の椛を眺める彼がいる。
初めは抵抗があったみたいだけど、何度か強引にこうしているうちに慣れたのか諦めたのか今では自然とこのような形になった。だけどまだ少しぎこちない様な気もする。



彼との出会いは縁日だった。

最近、攘夷志士達が集まり以前より物騒になった京の町では武士や浪士だけではなく、町人までもが常に幾許かの緊張を持っていたのだが、久し振りの祭りはその全ての人達を明るくさせていた。

きっと誰もが僅かな時間だけでもこの何処か陰鬱な現実を忘れたかったのだ。


そして彼もそんな一人であり、次の日になれば"全ては祭が見せた夢だった"とお互いのことなんてあの綺麗だった蝋燭や提灯の明かりと共に過去のものとして、いつかは忘れてしまうつもりだった。そのため当然彼はその日、名前や何処の人なのかを私に言うことはなかった。
なのに翌日、私はまた彼に会いたいと神社に行った。行ったところで誰もいないと自分に言い聞かせることで勝手に一人で傷付くことが無いように保険までかけて。

石段までの道には彼どころか人影ひとつ見当たらず、もう諦めは付いていた。けれどどうせなら神様に何かお願いをしてから帰ろうと石段を上った。上りきった時の私はきっと変な顔をしていただろう。目の前に現れた彼と同じ様な驚きや戸惑いそれに嬉しさまで混ざってよく分からなくなった顔を。

また会うことが出来たなら、そう思い此処まで来たのというのにいざ目の前に現れた彼にどうしたら良いのか戸惑っていると彼も少し驚いた様に言った。

『此処に来ればまたあんたに会える気がした。もう無理かと思っていたが、待っていて良かった。』

その時彼が少しだけ微笑んだような気がした。



それから彼と会う様になった。
他愛のない話をしたり、今日のように何をするわけでもなくただ二人で景色を眺めることもあった。

「こうして椛を見ることも随分としていなかった。」
「やはりお忙しいですか?」
「…ああ。」
「余り無理はなさらないで下さい。お仕事も大事でしょうが、山口さんが倒れられてはどうにもなりません。」

彼の前髪を手で流しながら言うと彼は眉間に皺を寄せて「そのような体の鍛え方はしていない」と言った。

『…山口、山口一だ。』


私達が再び会った日、彼は山口一と名乗った。それ以外に山口一という人の事で私が知っていることは何も無い。

「でも少し顔色が悪いです。ちゃんとお休みになっていますか?」

髪を撫でていた手を彼の頬に当てて顔を覗き込むと彼にしては珍しく目を泳がせた。

「もう、変に隠さないで下さい。ただでさえ心配なのに隠されてしまっては、余計に貴方のことが心配になります。」

こんなことを言う私だけど実は貴方が本当に隠しているのは貴方の本当の名前が斎藤一であり貴方が新選組だということで、そんなことはもうとっくに知っているのです。

きっと貴方にとってこれはあの日の夢の続きなのでしょうね。
京の人間はお侍も幕府も大嫌いです。新選組と聞けば誰もが避けたいと思うし、私の父もいつも新選組が来たあとは機嫌が悪いです。でも、あの日に知り合った私達ならばそのまま何も知らずにずっとこうしていることができる、と。
そういう夢なのでしょう?

だから貴方は私に本当の名前を教えてくれなかった。そして未だに初めて出逢ったこの神社以外で彼と会うことはない。

私もいつまでもこの幸せな貴方の夢に浸っていたいと思うこともあるけれど、夢は覚めるもの。いつかは終わってしまう。

今ならあの時の貴方は微笑んだような気がしたのではなくて、微笑んだのだと分かる。貴方に会う一回一回は短くてもそれくらいには貴方と過ごして来た。

だけど貴方に本当の姿すら隠されていると知ってから、そのようなことは無いと信じていても、いつか貴方がふらっと私の前からいなくなってそういう貴方と過ごした日々すら跡形も無く消えてしまうのではと不安で仕方なくなった。
今こうしているだけで幸せなはずなのに時々私達は所詮それまでの関係なのだと言われているような気がして私は悲しいような寂しいような途方もない気持ちになる。

いつだったか貴方から貰った簪で刺されているように胸が痛む。


そろそろ気付いて下さい。
貴方が誰であろうと私が貴方を嫌う事など有り得ないのです。



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