「王異殿、居るか?」

そう一声かけた後、目の前の酒臭い部屋へ一歩足を踏み入れると カラン、と床に転がる空の酒瓶が寂しそうに俺の足元へと転がって来た。



冷めた記憶




この異様に酒臭い部屋は言わずもがな王異殿の部屋であるのだが、何故俺が彼女の酒瓶で散らかった部屋に来なければならなかったのかと言うと きちんと理由がある。

曹操殿から“王異へ渡してくれ”と預かった竹書を小脇に抱え、主からの仰せを全うする為に彼女の部屋へと足を運んだ次第なのである。


何故、一将軍である俺が、このような女官にやらせれば済むような雑用を曹操殿から仰せつかったかと言うと答えは簡単だ。

女官よりも先に俺を見付けたから。
たったそれだけの事。
要は わざわざ女官を探すよりも、目の前に居た俺にこの“オツカイ”を頼んだ方が曹操殿自身楽だったのだ。


(ったく…。人使いが荒いんだよな。)

そんな本音を頭の中で呟きながら、この酒臭い部屋の主である王異殿に声をかけた。

「おい、曹操殿からの恋文だ。」


声をかけた相手である王異殿は虚ろな目で、左手に握った酒入りの茶器を眺めている。


“聞いてんのかよ…”なんて思いながら、彼女の目の前まで来て再び声をかけた。

「王異殿ー。」

名前を呼べば、彼女は虚ろな瞳のまま目線を酒から俺へと移した。
その瞳はトロンとしていて、おまけに頬は赤く染まっている。

「なんだ、珍しいな。酔ってんのか?」
「うるさい…」
返事はいっちょ前に生意気だが、その赤く弛緩した顔を見る限り彼女は酔っているようだ。

あの王異殿が酔うなんて珍しい事もあるもんだ…なんて思ったと同時に、“何故酔うまで酒を飲む必要があったのか”という疑問が俺の脳内を支配した。

まぁ大体予想は付くのだが、それにしても大酒飲みの酒豪である王異殿が酔うなんて滅多に無いこと。
そりゃ少しは心配になる。


俺は相変わらず竹書を小脇に抱えたまま、彼女の隣へと腰を下ろした。

「そんなになるまで飲むなんてな…。また西涼の王子様の件か?」
「ふざけた言い方しないで!」

溜め息を付きながら言ってやれば、彼女は虚ろだった目を見開き、白い腕を俺の首へと素早く伸ばしてきて力強く締め付けた。

「わ、悪かった…。離してくれ、お姫様」
「どういうつもり?」
相変わらず離してはくれない 俺に巻き付いた白く力強い手は“お姫様”という単語を聞いて更に力を強めた。

「だってそうだろ?王異殿はまるで、振り向いてくれない王子を必死に追いかける恋する姫様みたいだ」
「馬鹿にしてるの?許さないわ」

ギリギリと強まる力に、いよいよ命の危機を感じた俺は“悪い、冗談だ”なんて薄っぺらい謝罪をして彼女の顔を伺う。

彼女は不服そうな顔のまま、仕方無しに手を離す。


「名無し殿、何の用なの。」
不機嫌そうに呟きながら、酒を飲み出す王異殿を横目で見ながら竹書を机に置いた。

「なに、これ」
酔っているせいか、ぎこちなく動く手を竹書に伸ばす王異殿。

竹書の内容なんて知ったこっちゃないが、酔った勢いのまま読んで良いようなもんじゃないだろう。

俺は竹書に伸ばされた彼女の腕を優しく掴んだ。
「何の真似?」
「酔いが冷めてから読め」

「酔ってなんか…」
見るからにへべれけ状態だというのに、それを否定する彼女がやけに憎たらしい。
美しい顔を赤くして、他の男の事を考えている彼女がやけに憎たらしい。
そして、可愛い。


俺は腕を掴んだまま、無理矢理王異殿を椅子から立たせた。
よろめく彼女をお構い無しに立たせると、俺はそのまま床に王異殿を押し倒す。

「なっ…!」


目の前で髪を乱して倒れる王異殿が居る。
目の前に白い肌を赤く染めて俺に押し倒されている王異殿が居る。

「な、にを…!」
「…これでも“酔ってない”なんて言えるのか?」

「……」


理性が…保てそうになかった。

「王異殿…」
「馬超…。」

俺が彼女の名を呼んだ瞬間、彼女も男の名を呼んだ

「馬超の事を考えると…お酒がとまらないの。忘れたくなる…。
あの地獄のような悪夢を忘れたくなるの…」

「それで悪酔いしてるって訳か。」



(やっぱり馬超の事か…)



俺以外の、他の男の名前が出たのが詰まらなくて 俺は溜め息をつきながら彼女の上から退いた。

彼女も起き上がり、そして再び椅子に座って茶器を手にした。

「おい、まだ飲むのか?いい加減やめとけ。」
「ほっといて…。」

再び彼女の左手に握られた酒入りの茶器は、ゆっくりと王異殿の唇へと運ばれる。

「ばちょ…う、」

一口飲むと、彼女はそう呟いた…。
例の男の名を小さく呼ぶと、またもや酒を口に運ぶ。

「馬超…馬超…。」
飲み終われば“馬超”と囁く


再度茶器を口に運ぼうとする王異殿…
「おい、いい加減…」


言いかけた所で俺は口を閉じた。
思わず本音が出そうで怖くなってしまった。
俺は酒に酔い、馬超を呼び続ける王異殿に背を向けて この酒臭い部屋を後にした。





いい加減、俺を見てくれよ。
(あんたの全てになれた馬超が恨めしい)




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