「馬岱殿!」

月が暗闇に包まれた空へ高々と昇る肌寒い夜、その澄んだ空に響く声は蜀の女武将である名無しの声だった。




揺らめく声色




「ああ、名無し殿。こんな所でどうしたんだい?」
城の廊下にて馬岱の姿を見掛けた名無しがその背中に向かい声をかけると、呼ばれた本人である馬岱は驚いたのか 一度肩を震わせ振り向いた。

振り向いてお互いに目が合った時には既にいつもの笑顔で、名無しを見るなり来た道を戻り彼女に近づいて彼女に向かい微笑んで見せる。


「いや、身体の方はもう大丈夫なんですか?」
そんな馬岱に彼女がかけた言葉は つい先日戦にて腹部に傷を負い、負傷した馬岱への気遣いの言葉だった。


「心配してくれるの?名無し殿は優しいねぇ。」
微笑みながら相変わらず名無しに笑顔を見せる馬岱は、ヘラヘラとした口元をそのままに“もう大丈夫だよ”と彼女に返事をしてみせる。


「そうですか、それは良かった…」

“大丈夫”というその一言を聞いた瞬間、名無しは心底安心したようでホッと息を吐いた。


「何なら、傷がちゃんと治ったか見てみる?」
そんな名無しに向かい、馬岱は身に付けている着物をヒラリと少しだけはだけさせて見せる。
その着物の隙間からは逞しい彼の鎖骨が見え、名無しは恥ずかしさのあまり咄嗟に目を反らしてしまった。


「な、なに言って…!」

彼の言動や行動、普段見る事のない彼の素肌に心臓が大きく反応した名無しは顔を真っ赤に染めて俯いている。


「冗談だよぉ、そんなに顔赤くしちゃってー。名無し殿は可愛いね?」

「か、からかわないで下さいよ!」
「ごめん、ごめん。冗談よ?じょーだん!」


相変わらずな彼の言動にドキドキと名無しの心臓は高鳴りっぱなしであったが、反らしていた目線を何とか馬岱の瞳に戻すと 先程と同じように彼を見上げる。

見上げた彼は楽しそうに微笑んでいた。


「名無し殿も怪我には気を付けてね。君が怪我したら蜀のみんなが悲しむよぉ。もちろん、俺もね。」

「分かってますよ。それより馬岱殿が無茶しないで下さいよ?」


自分を心配してくれる彼女に“ありがとねぇ!”と言葉を返した馬岱は 一度空を見上げると何かを思い出したように“あっ”と言って目を見開いた。


「名無し殿、ごめんね。俺、若に呼ばれてるんだった…。」
「そうだったんですか、呼び止めてしまってすいません。」

「じゃあ、気を付けて部屋に戻るんだよぉ。」


そう微笑む馬岱は名無しに背を向けて馬超の自室を目指して歩き出した。


「そうそう、言い忘れたけど…」

少しだけ歩を進めた馬岱は何か言い忘れたらしく 彼はその場で立ち止まり、ゆっくりと振り向き名無しの瞳を捕らえた。

振り向いた彼の顔は確かに笑っているのだが、先程までの見慣れた笑顔ではなく 珍しい事に“ニヤリ”という言葉が似合いそうな男らしい笑顔であった。



「可愛いってのは、本当だから。」


響いた低い声は笑ってなどいなかった。

「なっ…!」


再び顔を真っ赤にした名無しに 馬岱は普段のあの笑顔で再び「可愛いねぇ」と言い残すとその場を去っていく。

そこに一人残された名無しは赤い頬を手の甲で押さえながら、しばらくそこに立ちすくんで居たのだった。



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