子守唄

 
穏やかな春の風がモビー・ディック号の甲板を駆け抜ける静かな夜。
満天の星と丸く満ちた月が浮かぶ空の下、碇を下ろした船はゆったりと海に揺られて、打ち寄せる波が心地よいリズムを奏でている。
その波音に混じって微かに聴こえてきた歌声に、ロゼリオはゆるゆると目を開けた。
耳慣れた歌を、少し低い声がしっとりと歌っている。

「父様……?」

うわ言の様に小さく呟くと、ピタリと歌声が止んだ。

「起きたかい」

白鯨の頭の上で、自分の大腿を枕にしているロゼリオをマルコは見下ろした。
隣に座っていたはずが、いつの間にかマルコの足を枕にして眠ってしまったらしい。
もしかしたら、寝入ってしまった自分を寝かせてくれたのかもしれない。
片肘をついて上半身を少しだけ起こし、ロゼリオはキョロキョロと不思議そうに辺りを見回した。そんな様子にマルコは首を傾げる。

「どうかしたのか?」
「歌が……」
「あー……」

バツが悪そうにマルコが顔を歪める。

「聞いてたのかい」
「マルコが歌ってたの?」
「まァ、な」
「そっか……」

またマルコの足に頭を乗せ、ロゼリオは視線を夜空に向けた。
ぽっかりと浮かんだまん丸の月は夜の暗闇を照らし、柔らかな光は穏やかな安心感を与えてくれる。

「ペレニアル、覚えたの?」

空に投げていた視線をズラせば、決まりが悪そうに目を泳がせたマルコが眼中に入った。

「お前がよく口ずさんでるからな。あれだけ聴かされたら誰でも覚えるよい」
「でも、歌ってるの初めて聞いたよ?」

ロゼリオが更に聞けば、当たり前だという顔をされた。

「人前でこんな風に歌うわけねェだろい」
「そっか」

どうやらロゼリオが寝ていると油断したらしい。

「ねぇ」
「なんだよい」
「もう一回」

強請ったロゼリオに、マルコはそれを拒む表情を浮かべた。

「聞かせる程のもんじゃねェよい」
「そんなことないよ。マルコの歌声好きだよ」
「……遠慮するよい」

真っ直ぐに向けられた素直な視線に、マルコの視線は逸らされる。

「お願いだよ」
「聞けねェな」
「ぅー……あ、流れ星」

ロゼリオが頬を膨らませた時、光が短く空を走った。別の場所でも光が落ちる。

「そうだ、マルコ」
「なんだよい」
「流れ星って消えるまでに3回願うと願いが叶うんだって」
「それくらい知ってるよい」
「じゃあ……」

夜空に向けた視線を彷徨わせると、ひとつの流れ星を発見する。すかさずロゼリオは胸の前で両手を組み、口を開いた。

「マルコが歌ってくれますように。マルコが歌ってくれますように。マルコが歌ってくれますように」

噛む事もせず見事早口で祈りきったロゼリオに、マルコは目を眇めた。

「汚ねェ……」
「えへへっ。僕の願いは叶うかな?」

ここまで縋られたのでは、もう逃れる事は出来ない。
マルコは観念した様に大きく息を吐き出した。

「仕方ねェな」
「……最後まで歌ってね」
「別に途中で止めたりしねェよい」

照れくさいのか若干躊躇いつつも、マルコはゆっくりと歌い始めた。


♪〜♪〜
ただ一つ命を宿して
生まれ出るものに希望を
自らゆく道に
己を賭したのなら
降り注ぐ不条理にさえ向かってゆけ
大志を掲げ強く強く

先人の心技(しんぎ)を受け継ぎ
託されるものに誇りを
努力を怠らず
築いた一欠片(ひとかけら)は
歯車を動かし時を回すだろう
焦がれる夢に挑め挑め



歌の途中で、閉じられたロゼリオの瞳から一筋涙が溢れた。
そっと頬を伝う雫に、思わず歌を止めそうになって、先程の言葉を思い出す。

(こういう事かい)

心中で小さく息を吐きながら宥めるようにその頭を撫で、マルコは歌を続けた。



♪〜♪♪〜
巡り会う縁(えにし)に感謝し
護るべきものに決意を
抱えた温もりに
想いを重ねたなら
離れても心は傍で支えるから
愛しき人に幸あれ幸あれ

刻まれた灯火消さずに
背負うべきものに覚悟を
その手にある絆
忘れず進んだなら
いずれくる終わりも越えてゆけるだろう
軌跡を繋ぎ永久に永久に――



「……どうした?」

歌い終わったマルコがやんわりと問いかけると、ロゼリオは涙を拭うこともせず、懐かしそうに夜空を見上げた。

「父様と母様が、よく子守唄に歌ってくれたんだ」
「……そうかい」

短く答えて、養い子の涙を指で拭ってやる。
道理で珍しくせがんだわけだと、その行動の真意を心中で納得した。

「ねぇ。また歌ってくれる?」
「そんな話をした後で言うのかよい」

再び訪れた断りづらい状況に、マルコは目を眇めながらまた小さく息を吐き出した。
子守唄として幼子に歌い聞かせるならともかく、今となってはただ恥ずかしいだけである。

「ね?」

それでも、少しだけ赤くなった目がマルコを見上げると、もう逃げる事が出来なくなる。
結局どうにも甘く弱いのだ。この愛し子には。

「……気が向いたらな」

マルコはまた頭を一撫でした。
渋々とした素振りを見せたものの、マルコは祈る様に夜空を見上げる。
出来る事なら、いつか思い出す子守唄の声に自分のものが加わればいいと思う。
支えになるように。


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