weak point

 
「わっ……とっ……とっ……あー……」

ガチャンッとキッチンに盛大な破壊音が響いた。
ツルツルと手から逃れてゆくものをロゼリオは何度か追いかけたが、最後には諦めたようにそれを見送った。
その結果、床にはつい数秒前まで皿だったものが、ガラス片となって散らばった。所々に泡も散っている。

「まァたやったのか」
「ごめんなさい……」

ダイニングのテーブルを拭いて戻ってきたサッチが呆れた様に息を吐き出すと、皿を落としたロゼリオは肩を落として小さく謝罪を口にした。
キッチンに立っている他の船員は、毎度のことだと笑いを漏らす。

小さい頃からモビー・ディック号で育ってきたロゼリオは、日頃から様々な事を手伝う機会が多い。
船員達が仕事を教える為、ロゼリオに手伝わせていた事の延長線だ。
今では立派な助っ人としてあらゆる事に手を貸している。
キッチンの手伝いも例外ではない。料理の下ごしらえから調理までこなす。
しかし、皿洗いばかりは未だに助っ人になれないでいた。
食器を割ってしまうのだ。それはもう必ずと言っていい程に。
練習あるのみだ、と幾度となく皿洗いに駆り出されるものの、結果は芳しくない。
ごく稀に皿を割らない日があると、熱があるのかだの嵐が来るだのとからかわれる始末だ。

ロゼリオは気を落としたように溜め息を吐き出すと手についた泡を流し、砕け散った皿の破片を一箇所に集めた。手を触れ錬成すると、砕けた皿は綺麗に元の形に戻った。

「お前、錬金術使えてよかったな」
「船中の皿がなくなるところだ」
「ホント、そう思う……」

ポンと肩に手を置かれ船員にしみじみと慰められて、ロゼリオは深く頷いた。

「なァんで皿洗うのそんなに下手かねェ?」
「ぅ〜……ちゃんと気をつけてるんだよ? でも、どうしても手から抜け落ちちゃうんだよ……」

サッチに痛いところを突かれ、ロゼリオは小さく唸りながら皿を流し台に戻すと、不思議そうに自分の両手を見つめた。
そんなロゼリオの右手を取り、サッチは自分の左掌にヒタリと合わせてみる。

「?」

サッチの行動に、ロゼリオは何がしたいのかと首を傾げた。
ロゼリオの指の先端はサッチの手の第一関節にも及ばない。

「手ェ小せェからか?」
「サッチと比べないでよ。体格差があるもん。別段僕の手が小さい訳じゃない……と思うよ」

比べる対象がいないからよくわからないけど、と付け加える。
船員達も不思議そうに顔を見合わせた。

「これだけは小さい頃から全く上達しねェのな」
「他の事はなんでも器用にこなすのによ」

何が原因だとサッチと船員は首を傾げる。

「皿に恨みでもあるんじゃねェのか?」
「実は過去に皿をすげェぶつけられて憎いとか」
「皿の破片が降ってきて傷だらけになったことがあるとかな」

サッチと船員が冗談を言いながら笑うと、ロゼリオはむぅっと膨れた。

「笑い事じゃないよ……」
「別にいいんじゃねェの。皿割るくらいなら可愛いもんだ」

宥めるようにロゼリオの頭をかき回し、サッチが笑う。

「そりゃそうだ」
「あんまり完璧でいられたら、おれ達の立つ瀬がねェからな」

他の船員もケラケラと笑い合う。

「別に僕はそんなに出来た人間じゃないよ……」
「謙遜するなよ。天才で、何でも作れて、錬金術使えるし、戦闘能力も高い、統率力もある。何でもこなす完璧人間じゃねェか」

溜め息混じりに並べられた船員の言葉に、サッチが何言ってんだ、と笑う。

「全然完璧じゃねェよ。よく考えてみろよ。泣き虫だわ、変に頑固だわ、いくら言っても問題抱え込むし、無茶ばっかりしやがる。挙句の果てに見え透いた強がりときてる。どこが完璧だよ」

容赦なく指摘された難点にロゼリオは苦い顔をし、船員は思い出したように手を叩いた。

「そういや、たまに突っ走って周りが見えなくなるよな」
「熱中すると際限なく没頭しちまうし」
「飯も睡眠も取らなくなっちまうもんなァ」
「考え方がズレてる時もあるよな」
「なんか抜けてるしよ」
「常識知らずなとこもあったか」
「興味ねェと見向きもしねェからな」
「んで、いらねェ事はすぐに忘れちまう」
「夜は起きてられねェし」
「朝はボケてる」
「あ、猫舌か」
「辛いもんもダメだっけか」
「苦いのもな」
「そこまで言わなくても……」

次々と上げられた自身の欠点に、ロゼリオは反論もできず肩を落とし泣きたくなってくる。
しかし、それとは反対に船員はホッとしたように笑った。

「なんだ、結構ダメだな」
「あァ、安心した」
「人の短所列挙して安心しないでよっ!!」

散々貶められたロゼリオは流石に声を上げた。

「いいじゃねェか。お前にはそれ以上に良い所があんだからよ。全部上げてやろうか?」
「……恥ずかしいからいい」

ロゼリオは勘弁してほしいと言わんばかりに顔に手を当て、項垂れる。
理由もなく精神攻撃を食らった気分だ。

「じゃ、早く皿洗い済ませろよ。アップルパイ作ろうぜ」
「うんっ!」

サッチがニッと笑うと、ロゼリオはパッと顔を輝かせた。
なんとも変わり身が早いことだ。

「あァ、何故か単純ってのもあったか……」
「サッチ隊長、よく好物で釣ってるもんな」
「バカみたいな話もすぐ信じるし」
「頭いいクセにな」
「リオの奴、一度信頼しちまうと疑うって事しねェからなァ」
「ありゃ多分、裏切られてもよっぽどの事がねェ限りあっさり許しちまうタイプだな」
「ホント、凄いんだかボケてんだか、わからねェ奴だよ」

鼻歌交じりに皿洗いを再開したロゼリオを見て、船員達は微苦笑した。


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