牙研ぐ獣

※離反しないif(猿呼びはする)

「振られたぁ〜!!」

 ビールジョッキ片手に涙目で鼻をすする姿も、可愛く思えてしまうのは惚れた欲目だと思う。その涙が何処ぞの猿の為に流されたという事実だけが腹立たしい。私なら、君に悲しい顔などにさせないのに。

「何が悪かったのかな。結構頑張ってたんだけど……」

 知ってるよ。デートの時はお気に入りのワンピースを着て、慣れないヒールで靴擦れしていた。多忙な中予定を合わせるために、悟に頭を下げてまで任務を調節していたのだって全部知ってる。あんな猿に君が尽くす価値なんて無いって言うのにね。結局アレは、君の魅力を小指の爪程も理解していなかった。

「非術師だったんだろう。一々呪術師について説明するわけにもいかないし仕方がなかったよ。今日は私が奢るから飲んでさっさと忘れなよ」
「んん〜……、傑はやさしいね。同期一モテる男はさすがだわ」
「そんなことないよ」

 君以外に優しくなんか出来ないのだから。わざわざ仕事終わりに愚痴を聞くのも、泣いてるときに慰めるのも全部君だけだよ。他人が如何なっていようとどうでもいいし興味もない。君へのものだって下心有りきで純粋な善意ではないんだよ。
 今日だって悟や硝子を誘うことも出来たのにそうしなかったのは、君と二人っきりになりたっかったから。傷心中の君に付け込んであわよくば、なんて考えだって持っている。優しいだなんてとんでもない。目の前にいるのは君を手に入れたいだけの、欲深い男だ。

「あーあ、記念日に呼び出すからプロポーズかと思ったのになぁ。まさか別れ話だなんて。結婚遠のいちゃった」
「彼とは結婚するべきじゃなかったって事だよ。きっと直ぐ他にいい人が現れる」
「あはは、私みんなみたいにモテないからねー。どこかにいい男でも落ちてればいいのにな」

 高専内に好意を持っていた男はそれなりにいたけれどね。付き合ったとしてもいずれ別れて君を悲しませるだけだから、事前に君に近づくのはご遠慮頂く様にお願いして回ったよ。どいつもこいつも不甲斐ない、君が知る必要もない男だった。
 どんな人間……例え悟であったとしても、君を譲る気なんて無いのだけれどね。

「じゃあ、目の前に落ちてる男なんてどうかな」
「え?」
「自分で言うことじゃないかも知れないけど、結構優良物件だと思うよ」

 君曰くやさしい男だし、仮にも特級術師だから財産もある。呪術師家系ではないから厄介な親戚は居ないし、なにより君だけを生涯愛している。私以上に君を大切に出来る男はこの世に存在しない。
 出来る事なら、ちゃんと君が私を好きになってから事を進めて行きたかったけれど、少し抜けてる君は手綱を握っていないと何処かに行ってしまいそうだ。
それは望むところじゃない。

「お付き合いは好きあってる二人がするものだと思います……」
「私はずっと君が好きだったよ」
「初耳だよ!?」
「伝えたらそれは告白じゃないかな」
「そうだけど、そうなんだけど〜!」

 おろおろと目線を逸らす彼女が愛おしい。
 もういいだろう。あの狂った九月、君が私の唯一だと知った日から随分待った。気が長いとは言えない私にしては頑張った方だよ。

「ねぇ、お願いだ。私に君のとなりを歩く権利をくれないか。死ぬその時までそばに居たいんだ」
「それってもうプロポーズじゃん……」
「そう聞こえなかった?」

 机に投げ出された手をギュッと握ると、彼女の身体がビクリと振動するのが分かる。俯いていて表情こそ見えないが、耳まで真っ赤に染まっている。少しは男として意識してくれたと言うことだろうか。
 どうかそのまま私の元まで堕ちてきて欲しい。始末に負えないこの欲望が、君に牙を向ける前に。

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