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「やっと終わったぁぁぁ……」

「…も、もうやだ……」


私とマサキはさっきの控え室に戻ると近くにあったパイプ椅子に座って溜め息を付いた。


「お疲れ…」

「神童は何でそんな普通そうなんだよ」

「…こう見えてもかなり疲れてるけど。でもこう言うのも社会経験のうちだろ?」

「よくそんな前向き発言出来るな…」

「霧野先輩うるさい。」

「はっ!!?」


そんな2人の会話のやりとりをマサキが遮った。しかも霧野君だけ注意される。霧野君は俺だけ!? と驚きつつ言っていた。
お昼のピークも過ぎ、お客さんも少なくなったと言うことで、約1時間半の半強制的バイトが終了した。


「いやぁ〜みんなお疲れさまー!助かったよー!!」


と、そこにオーナーさんが凄い笑顔でやって来た。


「はい!これ一応バイト代ね!今日は繁盛したよ〜!最初にも言った通り何でもただで食べていいから!」


そう言ってオーナーさんは部屋から出ていった。……貰ったのはいいんだけど…


「…これ、どうすればいいの」

「「さぁ…?」」


みんなも何か少し複雑な顔をしていました。だよね、使い道が分からない。普段は部活部活であまり遊びに行くとかないからなぁ…


「それより藍花〜お腹空いた、何か食べに行こ」

「…あ、うんいいよ。…みんなは?」

「行く行く〜」

「チッ…」


そんな会話をしながら席を立つ。こうして、社会経験と言う名の地獄は幕を閉じたのでした。
空腹だったお腹を満たし、私たちは海の家を出てテントに戻る。霧野君は浜野君達と海に遊びに行って、マサキは天馬君たちに見つかり、どこかへ連れていかれた。南沢先輩は知らない。
私はもう疲れて動きたくなかったからテントでのんびり過ごすことに。神童君は、じゃあ俺もと言って隣に座った。


「…神童君、別に無理していなくてもいいんだよ?私は1人でも大丈夫だから…海で遊びたかったらみんなと遊んでも…」


何か、神童君に気を使わせているような気がしてならないため、一応聞いてみる


「無理はしてないよ。そんなことより、さっき海の家で柄の悪い男に絡まれてた人が、1人でも大丈夫ってよく言えるな?俺的にはそっちの方が心配なんだけど」


神童君はこっちを見てそう言いながらイタズラっぽく笑った。なに、それ……恥ずかしんですけど!!
そう思い、ぱっと神童君から目を逸らして下を向いた。自分でも顔が赤くなってるのが分かる…


「…鈴野?」

「…あ、いや…それにしても暑いね!」

「え?あ、そうだな。俺、何か飲み物買ってくるよ」

「…え!? いや、いいよ!大丈夫!何なら私が買ってくる…」


慌てて止める私に神童君は大丈夫だからここで待ってて、と言い財布を持って飲み物を買いに行った。
…暑いねなんて言うんじゃなかった。少しでも神童君と一緒に入れたら…なんて、そんなこと本人の前では絶対言えないけど…って私何考えてんの!!?あぁ、恥ずかしい…。
そう言えば、水鳥たちどこ行ったんだろうな…

そう思った刹那。


「放してください…っ!」


微かに、葵ちゃんの声が聞こえた気がした。私はテントから出ると周りを見渡す。


「…っ!!? あ、あれ…っ、」


テントから少し離れたところでさっき海の家で出会った柄の悪そうな男の人たち2人に葵ちゃんと茜ちゃんが絡まれていた。葵ちゃんの手を捕まれている。

───助けなきゃ

その思いと同時に、怒りもこみ上げてきた。
でも私の力じゃ、あの人達には勝てない。かと言って神童君を待ってたらもう遅い。せめて、あの人達が葵ちゃんの手を放して、2人が逃げられれば…

向こうに向かっていると、ふと足に何かが当たる。下を向くと空き缶が転がるのが見えた。
何でこんな所に空き缶が捨てられて……そう思うと同時に私はその空き缶を蹴ってしまったんだと認識した。……いや、待てよ。
そうだ。そうだった。これなら誰にも負けないじゃないか。空き缶だからちょっと痛いけど…葵ちゃんの掴まれている手を放すことは出来る。
私にはきちんと武器があるじゃないか。


「…ディサナンス、ソード…」


私の1番好きで得意なサッカーが。
私はその言葉と共に空き缶を蹴った。空き缶は空中でいくつかに増える。
増えたものは残像だけど当たればダメージは当たった分だけ大きい。つまり、1つの空き缶のダメージ×残像の数って訳だ。この技はこういうときにかなり便利と言ってもいい。ただ、ダメージが大きく、キーパーに当たれば危険のため、使うときには注意しないといけない。…と、説明で話が逸れてしまったけど。そのいくつかの空き缶はまるで不協和音を奏でるように色々な動きをした。
不協和音。ディサナンス。
最終的には剣で突き刺すようにいくつもの空き缶は葵ちゃんの手を掴んでいる手に当たった。


「っ!? ってぇっ!!?」


その瞬間、掴まれていた手は放なされた。

───許せないよねぇ?こいつら。

私の中で何かが聞こえたような気がした。
ホント、許せない…この人達はもちろん。見て見ぬ振りをしてる大人達も。
だから、人間なんて、信じたくないんだ。


「葵ちゃん茜ちゃん!」


そう叫びながら間に入る。


「先輩!!」


葵ちゃんは半泣きの状態で私を見た。私は男2人を睨み付ける。
私の大切な仲間を、よくも…。


「……け…よ…」

「ああ? …ってお前、あの海の家の…!」

「なになにー?この子たちの代わりに俺らと遊んでくれんのー?やったー」

「…ふざけんなよ。」

「「!!?」」


絶対に、許さない。私は2人を睨み付けた。


「この2人が嫌がってるのが分からない?こんなことして、何が楽しいわけ?」

「…つーか、これ蹴ったのお前?」


そう言って空き缶を手にとって私に見せた


「私以外に誰がいると。だけどこれは自業自得なんじゃない?放して下さいってわざわざ頼んで言ってたのが分かんなかったんでしょ?だから私が蹴った。…あなた達が怒ったりする要素なんてどこにもない。」

「お前、さっきから聞いてりゃ生意気な…」

「だからあなた達が悪いから、って言ってるの。まだ理解出来ない?ここまで言って自分は悪い事をしたことに気が付けないのなら無能な人間、最低だよ。」

「藍花先輩…」


後ろから聞こえた葵ちゃんの言葉に、私は男2人を睨み付けたまま逃げて、とだけ言った。


「でも、藍花ちゃん…」

「いいから逃げてって言ってるの!!」


バッと振り向いて2人に叫ぶ。2人は私の言葉にビクッと肩を震わせた。


「先輩!? 目が…っ!!?」


…知ってる、知ってるよ。紫だってこと。
でも、今はそんなこと気にしていられない。この人達を許せないから…。それに、私には力がない。今2人を逃がさなきゃ、もし捕まってしまってもどうすることも出来ない。私が…弱いから…


「ははっ…あんた面白いねぇ…やっぱ一緒に遊ぼーよ」

「ちょっと俺イラってきちゃったなぁ…海の家では大恥かいたよ〜。だからさぁー、これお礼、ねっ!!」


不意を付かれた。葵ちゃんたちの方を向いていたことと、まさか殴られるとは思わなかったこの油断のせいで、ドカッ…と言う鈍い音と同時にお腹にもの凄い痛みが走る。私は砂浜に膝を付いた。咳き込む。


「藍花ちゃんっ…!!?」

「っぐ……お願いだから…ケホッコホッ、早く…!!」

「藍花先輩を置いていくなんて」

「分かった」

「茜さん!?」

「…私たちがいてもただの足手纏い。誰か呼びに言った方がいい。」


ここからじゃ何て言ってるのか聞き取れない声の大きさで茜ちゃんは何かを葵ちゃんに伝えた。茜ちゃんの冷静な判断に葵ちゃんは黙って頷き、走っていく。


「あ〜あ、行っちゃった。」

「まぁ、この子だけでもいいんじゃね?さっさと人目のつかねぇ所へ運べばいいだろー」


何て言ってるのかきちんと耳に届かない。ぼやけている視界の中、2人が逃げきれたことに安心してしまった私の意識はここで黒に染まった。




〜神童視点〜


自動販売機で2本飲み物を買った俺は鈴野が待っているテントまで向かった。でも、テントには誰もいなかった。
鈴野、どこ行ったんだ?そう思ってあたりを見回していると「神童先輩…っ!!」と空野が慌てて走ってきた。泣きそうな顔をして。


「…どうかしたのか?」

「藍花先輩が…!」

「…鈴野がどうした?」

「藍花先輩が私たちの代わりに柄の悪い男たちに連れて行かれたんですっ…!」


一瞬、空野の言葉が理解できなかった。…落ち着け、落ち着け。
柄の悪い男に連れて行かれた…!!?


「…空野!もっと詳しく!!」

「私と茜さんが絡まれてたのを藍花先輩が助けてくれて…っ、海の家がどうのこうのって話をしてた後、色々言い合ってたら藍花先輩がお腹殴られて…それで…それなのに自分を犠牲にして私たちに逃げろって…」


海の家…って事はさっきのあいつらか!!?


「何人っ…何人いた!?」

「2人です!一緒に逃げてたけど見失ったらいけないからって、茜さんが途中であの人たちの跡を付けるって隠れながら付いていきました…っ!!」


山菜が跡を追っている…。泣きそうになっている空野に分かった、と言いさっき買った飲み物を渡した。


「空野は円堂監督や鬼道コーチに知らせに行ってくれ!俺は鈴野を追う!!」

「!はい…!!」


そう言って俺はケータイで山菜に電話をかけながら走った。間に合ってくれ…!!!


『もしもし、』

「山菜!今どこだ!? 鈴野は!!?」

『私たちのテントの近くの道を通って、大通りに出る手前の細道を右に曲がって進んでたら誰も使ってなさそうな工場に入っていった…!細道は赤い看板が目印。そこを右ね…!! 急いでシン様…っ、』


俺は急いでそっちに向かうから山菜はそこから動くなよと言って電話を切った。
テントの近くの道を通り、大通りの手前の細道まで走ると赤い看板が見えてくる。どうやら道は間違えてはいないらしい。


「ここを右だな…っ、」


そう思い、また走り出した。進んでいくと、誰も使ってなさそうな工場と、その曲がり角に隠れて様子を伺っている山菜の姿が見えた。


「山菜…!」


俺は小さな声で叫ぶと、山菜は振り向いてあの工場に入っていったと指をさして言った。


「山菜は今から戻って、他のみんなにここの場所を知らせてくれ。俺は鈴野を助ける」

「…分かった。気を付けてシン様!」


そう言って走って戻っていく山菜を確認すると、俺はその工場に近付いた。
鈴野が無事であることを願いながら…。



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