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「───今はどこにいる」


殺風景で無機質な薄暗い部屋に1人の低い声が響く。
その男は席についたまま腕を組んで、真正面の、扉の前に立つ者を見据えた。


「……はい。どうやら2泊3日の沖縄合宿に出ているようです」

「……ふっ、そうか。」

「どのようにいたしましょうか」

「今は何もするな。……しかし、そろそろか。ホーリーロード、次は新雲との試合だな。もう時間がない。」

「……そうですね。そろそろ準備をいたします」

「ああ。合宿が終わったらそろそろ動き出すとしよう。……あの子は天才だ。ダークストーンが完成すれば地上最強のシードとなる───」


まるで、その先の結末を知っているかのように。
その男は、にやりと口角を上げて静かに笑った。
合宿終了まで、後3日。


──────……



〜霧野視点〜


キックオフ。その声と共にボールが動き始める。今は元韓国組の三人と鈴野、狩屋、神童の三人で対決をしているところだった。
鈴野が今戦ってる相手の三人とどういう関係なのかは知らないけど、とても楽しそうだ。
鈴野の微笑む様子は割と見るが、心から笑ってるような表情はあまり見ないと思っていた。だからだろうか。そんな笑ってる姿を見ると、自分まで嬉しくなった。
俺は笑っている鈴野を見つめる。


「マサくん!パスちょうだい!」


いつもとは違う表情でサッカーをプレイしている。


「おう!藍花!」

「藍花マーク!」

「……と見せかけて神童キャプテン!」

「!……ああ!」


狩屋は鈴野にパスすると見せかけて神童のいる真逆の位置にパスを出した。鈴野と狩屋の作戦なのか「んなっ!」と、変な声を出す南雲さん。


「ふふっ、引っ掛かった!作戦せいこー!」


ここまでハイテンションなのは、かなりのレアだな。
鈴野は終始にこにこと笑顔で、狩屋にピースをしていた。……可愛いとは思う。けど相手が狩屋なだけに腹が立つというか、正直羨ましいが勝ってしまう。


「そう易々と取らせはしない!」

「だと思った!パスカットからのパスカット……!」


作戦は先の先を呼んでいたのか、涼野さんのパスカットを塞いだ鈴野。
笑顔を向けてる相手が俺だったら……なんてな。


「……やるな藍花!」

「じゃあ、そろそろ点取りに行きまーす……!」

「そうはさせないよ!」


鈴野の前にそう言いながら、照美さんが立ち塞がった。


「それも読めてたよ。ヘブンズタイムでしょ?」

「……。」

「……そうはさせない」


鈴野はそこでふふっと笑った。
次は誰の技を使うのだろうか。そう思ったのは俺だけではなくて、鈴野の前に立ち塞がっていた照美さんが「誰の技を使うのかな?」と微笑む。


「別に誰の技も使わないよ。この勝負でコピー技は使わない……いま決めた!」

「「……えっ?」」


鈴野は微笑んで言ったけど、コピー技を使わないのは無理があるんじゃないか?第一相手が相手だし。


「あはは、誰も自分の技を使わないとは言ってないけどね!……スプリントワープ」

「「……!?!!?」」


そう言い放った直後、照美さんの前から鈴野が消えた。───いや、正確に言うと速すぎて見えなかった。
鈴野を纏うように紫色のオーラが一瞬だけ見えたと思ったら、予測不能な動きで簡単に照美さんを抜いてしまったのだ。そしていつの間にかゴールに向かってボールをゆっくりと転がしている。
ボールはころころとゆっくり転がり、ゴールの線をゆっくりと越えたところで動きを止める。


「……へへ、私たちの勝ち」


そう言って鈴野は、嬉しそうに微笑んだ。
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
俺を含めサッカー部はもちろんのこと、マネージャー、監督、南雲さん達、そして狩屋さえも唖然としたまま、ただただ勝ちを喜ぶ彼女を見つめていた。
彼女は、一体何者なんだ。



〜神童視点〜



「……スプリントワープ」


一瞬何が起こったのか分からなかった。ただ気が付けば、鈴野が相手を軽々と抜きゴールを入れていたと言うことだけ。
そこまま彼女はゴールに入ったサッカーボールを手で拾い、にこにこと微笑みながらこっちへ向かってきている。
そこで何となく、俺はベンチに座っている霧野をちらりと見た。彼は唖然としながらも、どこかみんなとは違う表情で鈴野を見つめている。
─── 彼女がサッカー部へやってきたあたりからだろうか。霧野が鈴野の事をどう思ってるのかは、何となく察していた。恐らく俺と同じ気持ちだろう。
しかし今日ここへ向かう途中のバスの中で、それは確信へと変わった。
思えば鈴野が転入生としてクラスへやってきたときからだ。彼女へ向ける視線が、他の誰とも違っていた。
だから、一瞬身を引くことも考えた。
けれど鈴野と一緒にいればいるほど、気持ちは膨れ上がるばかりで。きっとここで身を引けば、俺は一生そのことを後悔する。それだけははっきりと分かった。
もちろん、親友に対する罪悪感は多少はある。同じ相手でなければどんなに良かったか。……でも、だからと言って、どうぞどうぞと譲りたくはなかった。
俺だって、鈴野への気持ちは、霧野に負けてないのだから。


「鈴野、ナイスプレー」

「うん、神童くんもね!」


そう言って片手を上げた鈴野。その仕草に瞬時に気が付いた俺は、同じように片手を持っていき、パチンと軽く音を鳴らす。
心の底から楽しんでいるらしい鈴野は、ふにゃりと頬を緩めて笑った。
そんな、サッカーをしているときにのみ見せる表情に、思わずどきりと胸が高鳴る。


「?……神童くん大丈夫?暑い?」

「……あ、え?」

「顔赤いような気がするから……もしかして疲れちゃった?誰かと休憩する?」

「……。いや、大丈夫だ」


俺の顔を覗き込む鈴野。本当に自分がどれだけ可愛い仕草をしているのか絶対分かってない。と言うか鈍い。
ボールを持ったまま首を傾げる鈴野は、俺の心情など当然知る由もなく。
きっとファンクラブがあるイコール、自分がモテると言うことにも気が付いてないのだろう。無自覚天然、末恐ろしいな。


「……勝とうな」

「うん……!」


鈴野はそう微笑んで言うと、すぐさま狩屋の方に行き再び耳打ちをした。……また次の作戦だろうか。
心底楽しそうに微笑んでいる鈴野を愛おしく思いながら、俺は試合再開の合図を待った。



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