目をつぶるとほら、すぐに思い出せる。あなたのはちみつ色の髪も、少し骨っぽい綺麗な手も。
 表情ひとつにしてもそう。副長抹殺のため何か企んでにやりと口角を上げて笑うそれも、副長をいたぶるときのドス黒い微笑みも、わたしに鼻フック決める時の本当に楽しそうなものも…って。

「…あれ、ロクなのないな」
「なにがでさァ」
「ひぎゃあ!」

 尻尾を踏まれた猫さながらの動きと悲鳴を上げてその場から飛び退く。その勢いのまま後ろを振り返ると、なにか変な物を見るような目でこちらを見下ろす沖田さんがいた。

「そんな驚くことないだろィ、こっちの心臓に悪い」
「あ、す、すいませ…!」

 ああ、今日も冷たい、沖田さん。生まれついてのベビーフェイスが本当にもったいない。

 急な本人の登場で早鐘のように鳴る心臓。それを落ち着かせるため、左胸に手を当てて深く息を吐く。

「俺がいたらなんか都合悪いことでもあんのか」
「いえ! とんでもないです! ただ考え事していただけです!」
「あっそ」

 彼の機嫌を損ねまいと瞬時のフォロー。そうでないと鼻フックを決められかねない。いや、鼻フックならまだしもバズーカが出てきた日には三途の川がこんにちはだ。
 鍛え上げられた隊士のみなさんとは違って、わたしはただの女中である。頭がアフロになるぐらいでは済まされない。中身がパーンと弾けるのを覚悟しなければならないぐらいだ。

「なに百面相してんでィ」
「あ、いえ、だから考え事を」

 グロテスクな想像を膨らませていると、沖田さんに残念そうな顔で見られた。…なんでだ。

「どうやったらそんなブサイクな顔で物事考えられるんでさァ。ほんと迷惑」
「み、見なきゃいいじゃないですか! わたしだって好きで不細工に生まれたわけじゃないんですよ!」
「なんだ自覚あんのか」
「くっ…! このサディスト!」
「最高の褒め言葉でィ」

 澄ました顔でのらりくらりと交わす沖田さんは、「そういやァ」と何か思い出したように言葉を紡ぐ。

「こんなとこでなにしてんでィ。仕事は」
「あ、今日は非番なんです。沖田さんと違ってサボったりしませんので。縁側でのんびり日向ぼっこしながらティータイムでもって、痛たたた! 痛いです! なんで耳引っ張るんですか!」
「なんかバカにされた気ィしたんで。ここは主従関係ハッキリさせとくとこだろ?」
「いやいや、主従関係とかないから! てか痛! 耳ちぎれる! わたしまだ静寂の世界とか興味ないんで! バリバリ音楽に生きたいんで!」
「へー七瀬がノーミュージックノーライフとは知らなかったねィ」
「そりゃあ今初めて言った、てか痛いってまじで!」

 わたしの耳をひとしきり抓りまくった所でようやく離してくれた沖田さん。手加減とか知らないのかこの人は。
 かと思えば「ん」とわたしへ向けて手のひらを差し出して来た。その行動の意味がわからずなんとなく握手してみると、手首をあり得ない方向に捻られた。ゴキッて音したよ、折れたかと思ったよ。

「なんで俺が七瀬と握手したいとか思うんでさァ。ティータイムすんだろ。どうせ茶請けに饅頭でもあんだろ。七瀬がこれ以上太るといけねえんで俺によこしなせェ」

 鬼だ。ここに鬼がいる。この人に比べたら副長なんか可愛いもんだ。人ひとり殺ってきましたみたいな目しといて実はめっちゃお化け嫌いだからね。何回トイレに付き合わされたことか。副長と連れションとか全然ときめかないよ。
 副長の萎えポイントを思い出しながら、コンビニの袋に入れて持っていたお茶請けを取り出す。

「ほしいなら素直にほしいって言ってくださいよ。ちなみにわたしは太ってません。標準体型です」

 ほら。その声と同時に沖田さんにお団子の入ったパックを手渡す。残念でした。今日はお饅頭じゃなくてお団子ですー。

 珍しく毒気のないキョトンとした顔でこちらを見てくるので思わず吹き出しそうになる。が、生命の危機のためしっかり堪えた。よっこらしょ、と縁側に座りながら自分用のお団子を出して頬張る。うん、おいしい。

「どうせ沖田さんまたサボってくるだろうと思って、用意しといたんですよ。じゃないとわたしのおやつ無くなっちゃうし。ほら、お茶もあるんで。あ、でも副長にはバレないでくださいね。わたし、怒られたくないんで」

 矢継ぎ早にそう伝え、ずずず、とお茶を飲んでいるとよっこらせ、とわたしの横に座った沖田さん。

「…なんでィ」
「えっ?」

 もっしゃもっしゃとお団子を頬張る彼が目だけでこちらをちらりと見やる。

「気ィきくじゃねーか。…七瀬のくせに」

 いつもの意地悪な笑みじゃなく綺麗に爽やかに微笑むその表情に、咀嚼していた団子を変なふうに飲み込んでしまう。ごほごほごほ。噎せるとまたこの人に変な目で見られた。

 これだからイケメンは。さっきまでのこと許しちゃうじゃん。またお団子用意してあげようかなとか考えちゃうじゃん。ホントにずるい。

 瞼を閉じれば、その裏にさっきの綺麗な笑みが張り付いていて、ーーーまた、あなたの忘れられない所が増えてしまったじゃないですか。

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