銀八先生
「ねえ、先生、わからないところ教えてほしいんですけど」

 満面の笑みを浮かべてそう聞いただけなのに、先生は眉間に皺を寄せて嫌そうな表情を浮かべた。その理由に気づかないフリして首を傾げると「わざとらしいにもほどがあんぞ」と、その表情は呆れたものに変わった。

「お前なァ、先生も忙しいの。お前らのテストの採点して授業の準備してジャンプ読まなきゃいけねーの」
「最後いらないですよね」
「いやいや1番大事だから。ついでにそのあといちご牛乳飲んでパフェ食べねえといけねーの。七瀬に構ってる暇なんてないね」
「あーあ、せっかく期間限定いちごミルク味ポッキー持ってきたのにいらないのかあ、しゃーないなあ、トッシーと食べようかなあー」
「そういうことは早く言いなさい」

 国語準備室の中でソファーに寝転がっている先生は、もそもそと体を起こして、空いたところをポンポンと叩いて見せた。そこに座れってか。そのご意向を汲んで腰を下ろし、珍しくきらきらと輝いている目を見てなんだか笑えた。

「先生、どうしてそんなにわたしのこと邪険にするんですか」
「邪険にっつーか七瀬、生徒じゃん。俺、教師。放課後の国語準備室でふたりっきり。誰かに見られたらどうなるでしょうか。アンダースタン?」
「うっわ、その微妙な英語むかつく」

 銀色の包装を開けて先生に向けると、なんとも幸せそうな顔でポッキーを掴んでいた。そんな先生がなんだか可愛く見えて、ふわふわした髪をそっと撫でてみたら、大きな手でそれを制止された。

「さっき俺がなんて言ったか聞いてなかっただろ」
「うん、聞く気なかったもん」
「…ったくよー」

 「俺を無職にする気ですかコノヤロー」と呟きながら、ポッキーをぽりぽりと噛む姿もまた可愛くて。
 ずるいなあと思う。こんなに先生のことが好きなのに、気持ちを伝えてもあしらわれるし、こんな気持ちを抱いてることすらダメだと言われる始末だ。
 教師と生徒。そんなにダメな関係なのかなあ。

「先生、…先生」

 どうしたらこちらを向いてくれるだろう。子どもじゃないって、この気持ちは本気なんだって理解してもらえるのだろうか。

 「んー」と気だるげに返事しながらポッキーを咥えたの見て、先生のほうへ身を乗り出す。制止されるよりも前に、先生とは反対の方向からポッキーにかじりついた。

「…あ、ほんとにいちごミルクだ」

 呆気にとられてなんとも間抜けな表情をしている先生が可笑しくて、思わず笑ってしまった。油の切れかけたロボットみたいにギギギ、と首を動かす挙動に、先生が珍しくテンパっているらしいことが伺える。

「あー…もうホントお前、なんにもわかってないよな」

 はあ、と深く溜め息をついて髪を掻き上げた先生は、その赤い瞳でこちらを真っ直ぐに捉えた。

 何がですか。確かにそう言おうとしたのに叶わなかった。何がどうなったのか全くわからなかったけど、衝撃がきて思わず目をつむってしまった。恐る恐る瞼を上げると、そこには天井と先生しか見えなかった。

「せっかく我慢してたっつーのに…なに可愛いことやってくれちゃってんの? そんなに先生といちゃいちゃしたい?」
「…先生、状況が読めません」
「いや、先生も見切り発車してるから。もう後に引けない感じだから」

 口の端を歪めて綺麗に笑った先生は、わたしの目と鼻の先で言う。

「覚悟はできてんだろーな」

 返事をする間もなくその唇がわたしの、額に触れて、離れる。

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