3Z設定
「お前ほんといつになったら彼氏できるんでさァ、ぷぷぷ」

 放課後、横暴な担任教師、坂田銀八に雑用を押し付けられた。それも唐突だった。別の先生に用があったのにそれもなし得ず、断る間もなく、会議が始まり職員室から追い出され、紙束の入ったダンボールを抱えながら廊下に立ち尽くした。銀八なんか嫌いだ。
 結局、誰もいないひとりきりの教室で不貞腐れながら、紙をホッチキスで留めて冊子を作るという地味な作業をひたすらこなす。
 すると帰ったはずの沖田くんがひょっこり顔を出した。そして前述のとても失礼な発言をしながら、わたしの前の空席にどっかりと腰を下ろしたのである。

 なんなんだこいつ。正直そう思った。だけど口も開かないまま黙々と手を動かすのに少々飽きてきていたので、その売り言葉を買うことに決めた。

「あんたみたいな脳みそ下半身とは違うんですうー」
「強がってるとその大事にとってある下半身、一生使わねーまま死にやすぜ」
「なにこいつ超ゲスいんですけど。ほんとデリカシーの欠片もないんですけど」

 だがその売り物はクーリングオフもままならない粗悪品だった。なにこれどこの悪徳商法? ちくしょーもっと相手を見極めればよかったぜ。
 沖田くんに絡むとロクなことがないとわかっていたはずなのに、人間は孤独に勝てないのだ。

「アンタと違ってわたしは純粋なの。ちゃんと両思いになった人と結ばれるの。その運命の時はきっとエンダァァアイヤァァアってBGM流れるぐらい感動的なんだからね」
「うぜェ」
「お互い様じゃん」

 ぱちん、ぱちんとホッチキスをリズムよく打つ。山のように積まれた紙束は全く減らない。
 これ、生徒ひとりに頼む量じゃなくない? せめて2人で捌く量じゃない? 前の席に座るその人をちらりと見やるが全く視線が合わない。うん、素直に手伝ってくれるような奴じゃないことだけは確かだ。

 そういえばコイツは一体ここに何しに来たんだろう。今さらながら、そんな疑問が自分の頭の中に浮かぶ。
 放課後の教室にふたりきり。開いた窓からは絶賛練習中の野球部の掛け声がよく聞こえる。青春の1ページを作り上げられそうな、まさに絶好のシチュエーション。
 だけど一緒なのがこの性も根も腐ったような男じゃあどうもこうもならないなと思い直す。ってか部活も引退した3年生なんだから受験のためにサッサと帰ったらいいのに、ホント暇人にもほどがある。ついでに言わせてもらうとわたしも受験生だし、こんなの頼むなよ銀八め。

「…でもさあ、そういう経緯に至るまでの道のり険しくない? しかもこれが恋あれが恋なんて全くわからないんだけど」
「お前の第六感が機能してねーだけでィ」
「なにそれひどい」

 なんだよせっかくこっちが話題を広げてやったのに! 感謝こそすれどそんな対応される筋合いはない!

「うるさいなーそっちはどうなのよ? こっちに聞く前にほら、彼女とか」
「そんなもんいなくても色々困ってねェ」
「うーわマジ女の敵じゃん」
「というかみんな適当に付き合ってんでィ。好きとかそんなもん後付けでさァ」
「えーわたしの恋への憧れを汚さないでー」
「お前も適当に見繕って適当に好きとか言っときゃあ時代の波に乗れやすぜ」
「彼氏いない歴イコール年齢なめんなよ。そんな簡単にことが運べば苦労はしない」
「なんか悪かったな」
「やめてマジで謝らないで」

 ホントに失礼な奴だ。ったくクラスメイトじゃなかったら眉間にホッチキスの一撃でも食らわせているところだよ。

 パッチンパッチン終わらない作業を繰り返しながら、沖田くんへの対応がだんだんと雑になっていく。だって終わらないんだもん。しゃべっているヒマがあったらひとつでも早くこの雑用を終わらせたい。

「お前ってホント顔に似合わず真面目だよな」

 頂戴したそれは口調こそ褒めるようなものだったが、ただ余計な一言が多い嫌味のように聞こえた。そう思うのはあなたがパッパラパーだからですよ、と本人にはとても言えないことを考える。

「オイ」
「はい、今忙しいでーす」
「七瀬」
「もう返事するヒマもないでーす」
「…ななこ」
「はいは、…は!?」

 急に下の名前を呼ばれて、思わず短く叫んでしまった。手を止めて前を見ると、沖田くんはさして変わった様子もなく、頬杖ついてこちらを真っ直ぐに見ていた。

「ななこ」
「…な、なんでしょうか」

 返事をしたのに沖田くんは口を閉ざす。なのに視線は外さない。彼のその表情は真剣そのもので、あまり見ない顔つきに妙に焦ってしまった。

 これは一体どういう状況? もしもーし、わたしはどうしたらいいの? 全くわからないうえに状況も上手く読めない。蛇に睨まれた蛙みたいに身動きひとつ取れないまま、前にある顔をただただ見返す。

「アホヅラ」
「いやいや…誰のせいだと思ってんの…」
「やー変な顔見ちまいやした。気分悪ィ」
「その言葉のせいで今度はこっちが気分最悪だよ」
「せっかく俺がお前の彼氏になってやろうかと思ったのに」
「あーあ、ホント残念でした、ねェェエ!?」
「うるせェ」

 なんか今すごいこと言われた。びっくりしすぎて顎が外れそうだ。だけど爆弾投下した当の本人は、何食わぬ顔でケロっとしている。
 あれ? 聞き間違い? …あ、あれか。いつものタチの悪い冗談ってやつか。

「返事は」
「え、ノー?」
「ふざけんな、そこはイエスだろィ」
「い、いえす…」
「サッサとそれ終わらしな。手伝わねえけど」
「い、いえす…」

 わたしの身も心もばっさり切り捨てた沖田くんは「ジュース買ってくらァ」と席を立った。わかることといえば彼の手に持たれていたのはわたしの財布だった、ということぐらい。一体いつの間に。
 その背中を目で追う。とりあえず、もうひとつわかったことは、やっぱりアイツはパッパラパーだということだ。

 パタンと扉が閉まる。姿が見えなくなった途端、体の力が抜けた。気付かぬうちに呼吸も止めてたみたいで全力で息を吐いた。
 背もたれに体重を預けて、ぼんやりと天井を見つめる。そこでようやく気がついた。自分の心臓が爆発しそうなぐらいドキドキ鳴っている。なにこれ。死ぬの? わたし死ぬの?

 地の底から聞こえてきそうな、低い声で唸っていると「気持ち悪ィ」とかなんとか言いながら、わたしの彼氏候補が帰ってきた。なんだこいつ。彼女候補に向かってなんたる口のきき方だ。

「ねえ、あれでしょ。冗談なんでしょ」
「俺が冗談言うタイプに見えるかィ」
「うん、むしろ嘘と冗談とノリだけで出来てる人間だと思ってる」
「なんだそれ超良い奴じゃねェか」
「どうしてそうなるの? その思考回路おかしくない?」

 いつも通りのやりとりに、雑用を再開する。なんだ、やっぱ冗談なんじゃん。
 パッチンパッチン響く教室の中で、奴は缶ジュースをすすっている。わたしの分はない。気の利かない男だな。

「なんだよ飲みてーのか」
「そんな目の前で飲まれたらこっちも喉乾いてくるんですー」
「ん」
「なによ」
「仕方ねェからなァ。あー俺やさしー」
「…何で沖田くんの飲みかけなの」
「もう彼女なんだから間接チューぐらい気にすんな」

 その、これまた空気の読む気のない発言に、こちらは廊下まで響き渡りそうなボリュームで「はぁ!?」と半ば叫ぶように聞き返した。「うるせェ」と沖田くんは言った。
 ここで予想外だったのは、自分の口角が自然と持ち上がってしまったということだ。

「嘘だ! ホントいつもいつもからかってばっかり! 信じませんからね!」
「ニヤケながら反論しても説得力ゼロでさァ」
「にやけてない! これがデフォなの!」
「そんなデフォルト見せられる俺に謝れ」
「やだよ」

 そんなやりとりをしながらも、沖田くんの手のひらが、わたしのホッチキスを持つ手を覆った。それはとても熱かった。微かに震えてることに気づいて、わたしはただ顔をうつむかせて「バーカ」と言うことしかできなかった。
20170516

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