某ファミリーレストランにて。二人がけの小さいテーブルを挟み、”デラックスいちごパフェ”とかいうカロリーと砂糖の爆弾を貪る銀さんと、それをガン見しているわたし。

 遅めの昼食を簡単に摂ろうと、空いてそう、なんて適当な基準でここを選んだ。メニューを開いて悩んでいたら、突然相席される。
 なんだよ、と睨みつけるようにして前を見ると、呆けた面した銀さんが座ってた。何でここをチョイスするんだよ。席いっぱい空いてるじゃん。

「この時間に飯? 遅えな」
「仕事が立て込んでて。アンタはそりゃあ12時ぴったりに食べられるだろうけど私は違う」
「おまっ、今俺がオフって決めつけただろ。残念でしたァ今日は朝からちゃんと働きましたァ」
「は? じゃあなんでこんな時間にこんなとこにいてんのよ」
「すんませんっした。長期バイトのはずが、神楽がやらかして半日で帰されました」
「あんないたいけな少女働かすからでしょ」
「あそこまでゴリラに特化した奴をいたいけとは言わねえ」
「ゴリラに特化したって何? それ近藤さんじゃん」
「ナチュラルにディスってやるなよ。あれはあれで強く生きてんだよ」
「それが一番酷いフォローの仕方だと思う」

 器に盛るだけだからだろうか。銀さんのパフェは速攻来たが、自分のランチタイムぎりぎりの定食はなかなか来ない。
 くーくー鳴るお腹には気づかれていないようだが、遠慮とかそういう言葉を知らない銀さんはガツガツ食べている。ぐぅぅ。今度より大きめに音が鳴る。目の前で本当にやめてほしい。

「なあ」
「なに」
「ななこって何で俺の顔見ねーの」
「…別に普通に見るけど」
「顔ってか目だな。俺、お前とあんま目ェ合わねーもん」
「そう?」

 誤魔化したものの、自分は目線を彼の胸元へと注いでいた。

 この男はわりと顔の整った部類だと思う。死んだ魚の眼と揶揄されるほど光の宿らない目がたまにキズだけど、それを除けばずいぶんと顔面偏差値が高い。でも目が合わない理由はそれではない。ーーー顔の下に存在する、首筋または鎖骨のせいだ。
 人には誰だってフェチズムがあると思うが私の場合、男性のそれらだった。今まで出会った中で、この人の襟の立った、真っ黒のVネックのトップスから覗くそこがドンピシャにツボだった。
 顔を見れないんじゃない。見る理由がないのだ。別に人と話すときに必ずしも顔を見る必要はないし、それならずうっとそこを見ていたい。

 意外と太く、男らしさを感じる首。横を向くと浮かび上がる筋はなんとも言い難い色気を感じる。その延長線上に位置する鎖骨は余分な肉がついておらずしっかりと存在感を示している。なんの手入れもしてないくせにつるりとした顔の肌同様、傷ひとつないそれに触れてみたくなる。水でも垂れればきっと溜まるであろう窪みに舌を這わせてみたくなる…と、この男に思ってしまうのは死ぬ気で隠し通さなければならない。

 会話は途切れて話題もなく、しばらく無言が続いたとき自分の頼んだ定食が来た。これ幸いと箸を手に取って、付いてきた味噌汁をすする。
 そして定食を食べ進めながら、チラリチラリと首筋、または鎖骨を見てしまう。もしも彼氏だったら…ずっと見つめることも触れることも、唇を落とすことだってできるのになあ。でも…銀さんかあ…。
 別に一緒にいて気まずいこともないし、性格的に合わないことはないんだろう。だけど、こちとらもう良い歳だ。フェチズムで相手を決めている場合ではない。
 フリーターかつ安定しない収入プラス、パチンコでの浪費癖なんて、冷静に考えれば彼氏には絶対したくないタイプ。そんな男が自分の最上とは…世の中不条理だよねえ。


「…なんだよ、さっきから」
「何が?」
「チラッチラ見てきやがって。気になるんですけどォ」
「そりゃあ失敬。ちょっと思うところがあってね」
「ふーん、何か悩んでんの? 銀さんのお悩み相談会、臨時開催しちゃう?」
「都合のいいこと言ってパフェ奢ってくれとか言うんじゃないでしょうね」
「バッカ、さすがの俺でもそんなもん…ちょっと期待してます」
「正直でよろしい」

 本当にコイツは…と呆れたところでふと思いつく。すぐに思い直したけど、一度浮かんだものはなかなか消えてくれない。
 ーーー今日は仕事で疲れていた。連日休み無しで働いていて思考力が鈍っていたんだ。あとから自分に言い訳をするならこんな感じだろう。

「…ねえ、それ本当に奢るからちょっとお願い聞いてくれる?」
「えっ何? 怖ェよ急に」
「そっちが言い出したんでしょうが。じゃあ、こうしよう。そのパフェの代金分の依頼をする」
「断りづらい言い方すんじゃねーよ」
「ほら、働け。右斜め前見て。45度の角度で」
「ハァ?」
「5分で終わるから」
「…はいはい」

 こちらの言う通りにしたところで、銀さんからしたらちょっと右を見ているだけだ。なんだこれ、とでも言いたそうな顔をしながらもそのまま動きを止めている。彼は思いの外、素直だった。
 自分はといえば、正面から顔を背けることによってよく見えるようになった目当ての首、その側面をガン見していた。
 あ、これやばい。立った襟で程よく隠れるのもチラリズムみたいでいい感じ。にやけそうになる口元を必死で引き締めていると、銀さんは目だけでこちらを見た。「で?」と続きを促される。

「ちょっとストップ」
「このまま? 首つるって。…あ、あのウェイトレスの子かわいい」
「目の前にいるのがほどよいブスで悪かったね」
「はい被害妄想ー」

 そんな状況下でもパフェを食べることをやめない銀さん。適当な奴でよかった。変に詮索されなくて助かる。
 そのまましばらくその首筋を眺めていると少し欲が出てきた。もう少しグッとくるポーズとかないかな…。

「…ね、左手で首元の服ぐいって引っ張って」
「服? なんで?」
「なんでも。ほら、パフェがつがつ食べてんだからさー」
「…なに企んでんの」
「なんでしょうね」

 そう会話しながらも律儀に右斜め45度前を見続ける銀さんに少し笑ってしまう。すると、彼の左手がゆっくりと首元に伸びた。大きくてゴツゴツしたそれは真っ黒い襟元を掴む。「こう?」と低い声で聞いて、ぐっと鎖骨を露わにさせて、ーーーたまたまだろうか。見計らったようなタイミングでその気だるげな目線をこちらへ寄越したのは。

「…どした? 急に項垂れて」
「いや…ちょっと見ていられなくなって」
「ハァ? お前がやれって言ったんだろーが」

 そのポーズを凝視できたのは3秒だった。なんか色々と最高すぎて表情を制御できなくなる。感情と表情筋が制御不能になる前に、自主規制として顔を伏せたのだ。
 くっそ…! なんだあれ…! 見たいのに直視できない…! いっそのこと写真撮りたいけどそれはさすがに怪しい…!

「なァ、チョコパフェも食べていい?」
「うん…もうなんでもいいよ」
「まじで? ラッキー」

 すいませーん、と店員さんを呼ぶ声が聞こえる。きっとあのさっき見かけた可愛いウェイトレスが来るんだろうな。

 少し顔を上げて、対面で座る彼の顔を盗み見る。ーーー毎日この首筋からの鎖骨を見れるんだったら、もう養ってもいいかな。
 そう思い直したところで、自分が相当末期であることに気がついた。
20180429

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