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「土方くんって眼鏡似合いそうだよね」

 授業終了後、隣の席の土方くんに話しかける。それは、さっき彼の横顔を盗み見ていて何気なくそう思ったことをさり気なく聞くためだった。

 10人に聞けば10人とも、男女問わずにきっと彼のことを格好いいと言うだろう。そんな人のスッと通った鼻筋にノーズパッドが乗り、レンズの奥にその涼しげな瞳が光ればもっと格好いいに違いない。

「は? 俺、別に視力悪くねえけど」
「視力矯正じゃなくてオシャレ目的でかける人が今多いんだって。どう? この機会に」
「…いや、どうって言われてもな」

 困り顔を見せられて、きゅんっと心臓が鳴る。実はわたし、この人がとてもタイプなのだ。
 茶髪が増えていくなか貫かれる漆黒は、微かな風で揺れるほどサラサラだ。そして前述した、切れ長で涼し気な目元にスッと通った鼻筋。手入れなんかしてないだろうに全く荒れのない肌、さらには唇の形まで良いなんて文句なんか付けられるわけない。そんな整った顔は一生見てられるぐらい綺麗だ。
 素敵なのは顔だけに留まらない。背が高いのに加えて運動部に所属し、鍛え上げられた体つきはもはや芸術美。それは夏の体育で、プールに向かう姿を盗み見て確認済みだ。性格面も女子にはすこぶる優しいし、どっか非の打ち所のあるとこないの? と思わず聞きたくなる。
 あえて弱点を挙げるとすれば少々口が悪いのとキレっぽいところだが、それは沖田くんの執拗なイタズラが原因だしそこまで問題じゃない。

 なーんて、土方くんのいいところをつらつらと並べてみたけど、恋愛対象として好きなわけじゃないし彼氏にしたいわけでもない。あくまで観賞用だ。
 わたし、何にでもマヨネーズぶっかける人ダメなんだよね。


 そんなことを考えながら自分の鞄を漁って眼鏡を取り出す。
 わたしは少し目が悪い。コンタクトを装着しているので普段は何もかけていないが、もしもの時のために毎日眼鏡を一応持ってきている。そのもしもがこんなときに役に立つとは。

「ね、お願い! かけてみて! 絶対似合うと思うの」
「まあかけるぐらいなら構わねえけど」

 片手で眼鏡を受け取り、少し顔を伏せてゆっくりと眼鏡をかけるその姿に変にドキドキした。こちらを向くその動きがやけにスローモーションに見える。

「なんかすげえ違和感あんだけどこれ」
「…っ」

 絶句した。似合いすぎる。格好良すぎる。黒縁眼鏡がこの人にかけてもらうために生まれた物のようだ…!
 全面的に押し出されていたイケメンオーラは眼鏡をかけただけで潜むわけもなく、プラスされた知的さにもう無敵状態だった。

 こんな問題もわかんねえの? バカだなお前。って言われたい。しょうがねえから教えてやるよ、俺が。って言われて頭撫でられたい。
 大人っぽい土方くんがさらに大人びて見える…エスコートされてえ。一緒に歩くときにさりげに腰支えてくれないかな。いや、そんなことされたら腰砕けるか。

 すっかり自分の世界に入り込んでいたのを現実に呼び戻したのは、土方くんからの「おい七瀬?」という呼びかけだった。

「ああ、うん、ごめん。似合ってるよ!」
「どうも。でももっと普通のでいい」
「普通の? これも大概普通だと思うけど…」
「あの、志村とか銀八がかけてるようなやつ」
「ぎ、銀縁ですか…!」

 オタクや冴えない彼らがかけるとただのダサアイテムになるあの銀縁眼鏡…いや、この人なら…似合いそう…。

「せ、せっかくだから見たいなー! 新八くんに借りてきてもいい?」
「俺はまあ構わねえが…なんか楽しそうだなお前」
「そう? そんなことないよ?」

 危ない危ない。思わず口元がにやけてしまっていた。口角を指で揉み、緩んでしまっていたそこを引き締める。

 教室の端で山崎くんと楽しそうにしていた新八くんから眼鏡を借りた。チャームポイントを借りてしまって彼が誰だかわからなくなったけどそんなことはどうでもいい。
 早足で席に戻ると、未だわたしの眼鏡をかけたままだった土方くんと目が合う。それだけで心臓を槍で突かれたような衝撃が走ったが、にやけることは何とか堪えた。

「お待たせ! かけてみてー」
「おう、これ返すわ」

 外される黒縁眼鏡に名残惜しさを感じた。返ってきたそれを見つめながら"この眼鏡は家宝にしよう"と心に誓う。

 顔を上げたら、無骨な手が鈍く光っている細いフレームをつまんだところだった。危ない、見逃すところだった。
 僅かに俯いた顔。伏せた睫毛に自然と目がいく。耳に婉曲したテンプルの先が乗って、念願のものが装着される。そのズレを直すように人差し指でグッとブリッジを押す仕草にズキュンと心打たれた。

「やべえ、志村の度キツイ」

 くるりとこちらを向いた土方くんはぎゅっと目を瞑って、ワンテンポ置いた。開いた瞼。だけどそれはすぐに細められる。

 え、エロい…っ!

「…何で鼻押さえてんだよ」
「や、なんか、出そうで」
「風邪か? ティッシュやるよ」
「あ、ありがとう」

 わたしの異変に気づかず、そして何も疑うことなくポケットティッシュを手渡してくれた。ここにきて繰り出される優しさは今の自分にとって暴力的でしかなかった。
 見た目、内面から遠慮なく打ち出された萌えのパンチはわたしのハートを早々にリングに沈めていく。

 鼻水も何も出てはいないが受け取った手前、一応紙を取り出して鼻へ当てる。ちらりと見た土方くんはゆっくりと眼鏡を取っていた。
 ーーー良い。その仕草、最高です。

 普段コンタクトの人が家で眼鏡をかけるシチュエーションを見た気分だ。うん、今日はなんていい日だろう。とてもツイている。

 目頭を指で揉んで、ふう、と息をついた土方くんはぽつりと漏らす。

「眼鏡かけてる奴って大変だな」
「うーん…慣れるよ、ないと不便だし」
「ちゃんと見えねえんだよな」
「そうそう、ぼやけるの」

 適当に鼻を拭いて、土方くんと向き直る。

「似合ってたよ!」
「そうか? 自分で見てねえしわかんねえけど」
「うん、でもたまにでいいかな」
「なんでだよ」
「たぶん、出血多量で死ぬ人出てくるから」
「は?」

 彼は意味がわからないという顔をしていたがわたしは大真面目に頷き、何度も念を押した。
20180425

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