「ねえ、銀さん、壁ドンして」

 ソファにごろりと寝転がってひたすらジャンプを読み、たまに動いたなーと思ったら机の上に置いてある飲みかけのいちご牛乳をすする、という自宅警備員すら放棄している彼、坂田銀時。
 特に用事があったわけではないけど遊びに来てみたら「よっす」「おう」とお互い一言ずつ交わしただけで放置プレイかまされた。冷てえ。キンキンに冷えたビールより冷てえ。
 しばらくその姿をぼんやり眺めていたのだけどすることないし暇だし、ふと思いついておねだりしてみた結果、

「ハァ? どっかで頭打った? かろうじてお前の脳みそ固定してたネジ落っことしてきたわけ? よーし頭振ってみろ、カランカラン音するぞお前の脳みそマジで小せえからな」

 とても鬱陶しい返事がきた。

「そんなこと言ってほしいんじゃない、壁ドンして」
「なんでだよ」
「なんか流行ってるらしいじゃん、だから壁ドンして」
「待って銀さんの記憶の限りじゃそれ結構前の話だと思うんですけど。もう古いって逆に」
「えっそうなの? じゃあ初心に戻って壁ドンして」
「その辺に転がってるメガネにしてもらえ」
「新八くんなら出かけたよ。だから壁ドンして」 
「待て待て新八はメガネじゃねえよってツッコミ期待してた俺の気持ちどーすんの!? 傷ついたわーまじ傷ついたわーってことでしねえ」
「もー鬱陶しい! 壁ドンしてってば!!」
「お前の方が鬱陶しいわァァア!! なに!? めんどくせー言葉覚えてきやがって!」

 バリィ!! ーーージャンプ真っ二つに引き裂いて上体起こした銀さん。あーあ、それ冷静なったらすっごい後悔するやつだからね。わたしのせいじゃないからね。

「だって壁ドンされたら超ときめくって言ってたんだもん」
「アホ、実際問題、急にされたらビビってそれどころじゃねーだろ」
「あーなるほどね。銀さん、わたしをときめかせる自信ないからビビってるんだ」
「どこをどう切り取って聞いたらそうなるわけ? 末恐ろしい子だなホントにお前は」

 破り裂かれて、ページがパラパラ落ちていく冊子を悲しそうに見つめながら、深い溜め息をついた銀さん。さもめんどくさいといった風にふわふわの銀髪をボリボリ掻いて、こちらをじっと見てくる。
 …お? ついにしてくれる気になったか?

「だいたいそういうのはなァ自然とやるもんなんだよ。してくださいっつってわざとやっても変な空気になるだけだろうが」
「なに? やったことあるの?」
「あるある、超あるよ。銀さんモテモテだから」
「ふーん、じゃあおもしろくなさそう。ありふれた壁ドンって感じ」
「そうそう、だからやめとけって」
「オッケー、じゃあ土方氏に頼むことにする。邪魔したな! あばよ!!」
「待て待て待てェ! なんでここでそいつの名前でてくんだよ」
「だってあの人奥手そうじゃん? 唯一無二の壁ドン出てきそうじゃん?」
「そんなもんダッセェ壁ドン出てくるに決まってるだろ」
「わかんないじゃん、やってみないと。じゃ今度こそさらば!!」

 軽い身のこなしでその場から立ち上がり、小走りで玄関を目指す。あの人にお願いするならマヨネーズ買ってかなきゃ。それで一発チョロいもんよ!
 玄関で段差に座って自分の草履を履いて、銀さんに最後の一声かけようと後ろを振り向く。

「う、わっ」

 振り返ってびっくり。その本人が後ろについてきていた。どうしたの? と声をかけようとしたら、彼が膝をついてしゃがみ込む。大きな手がわたしの両肩を掴み、すぐ後ろの壁へと背中を押し付けられた。

「…これでいいだろ、あいつにしてもらわなくても」

 バン! と壁に手のひらをついて、距離を詰めたその人に見下ろされる。真剣な眼差しに不覚にも心臓がときめいてしまった。

「…ちょっとドキドキする」
「ハァ? ちょっと? 俺が壁ドンしてんのに?」
「えっ、」

 刹那、強く腕を引かれて体を押し倒される。頭を床で打たないように庇ってくれたのは有難いけど、さっきよりも近くなる距離にまたも胸がざわつく。わたしの顔の横に肘をついた彼は、吐いた息がお互いの顔にかかるような、そんな近さでにやりと笑った。

「これ、床ドンっていうらしいぜ」

 そのまま、さらに近くなる距離に思わず焦る。これはちょっと待てよ、望んでいない結末がそこに見えてる…!
 手を伸ばして彼の口元を覆う。

「や、約束が! 約束が違う!」
「約束なんかしてねーけど」
「横暴だ! もーどいて!!」
「…やだって言ったら?」
「力づくでどかせるまでだァァア!」
「ちょ、暴れんなって、うっ!」

 足をバタつかせて暴れたら、どうやら銀さんの銀さんにクリティカルヒットしたらしい。ぴくぴく震えて動かなくなった銀さんの下から這い出して迷うことなく玄関から飛び出す。

 ちっくしょう。無駄にときめいてしまった。あんなちゃらんぽらんでもグッとくる壁ドン床ドン、…恐るべし。
20180423

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