ある昼下がりのこと。自分の仕事を無事に遂行でき、余裕のある午後を過ごせると喜んでいたら上司から声がかかった。

「またあそこから書類でてねーんだよ。経費とか諸々締め日過ぎてんのに」

 あそこ、とは。聞き返さずともわかるが、その話しを自分に振られることに悪い予感しかしない。

「七瀬、悪いんだけどちょっと様子見てきてくれ」

 やっぱりか。がっくり肩を落とすも、上司の命令とあっては断れない。
 事務処理の邪魔になるからと脱いでいた真っ黒の上着を羽織り、鬱蒼とした気持ちを抱えて社用車に乗り込む。全く気分が乗らないままでも運転すれば、そりゃあ目的の場所に着くわけで。
 ーーー今月もここに来ることになるとは。そう思いながら門の横に打ち付けられた木の板に刻まれた文言に目をやる。
 “特別警察 真選組屯所”
 なんでいつも締め切り守れないんだよここの人たちは……、

 はぁ、と溜め息着きながら門番に声を掛ける。

「すみませーん、幕府の勘定所から来ましたー、七瀬ななこと申します」

 そして似たような隊服を着た、ガタイのいい男の人に案内されて例に漏れず”副長室”に通される。

「………あの、ちゃんと寝てますか?」

 そしてついこう言ってしまうまでがセットだ。ここの副長の座につく土方十四郎、彼がこちらに向けるぎらりとした目に肩を震わせながら、その下にいつもある真っ黒い隈を見て呟くように声をかけるのが毎月の行事になりつつあるのだ。
 わたしの顔を見るなり副長さんはぴたりと手を止めた。そしてこちらの目当ての紙類をガサガサとひっぱり出してくれる。

「……すまねえ」

 絞り出したようなボリュームの謝罪を受けながら、わたしは「いえ……」と返事しつつ書類を整理していく。

 ここに初めて入ったときはもうもうと立ち込める真っ白の煙に思わず噎せて、目に涙を滲ませてしまったが、これが毎月となればもう慣れてしまった。許可を取らずとも勝手に窓を開けて換気をし、書類に埋もれた副長さんの側に腰を下ろす。そしてわたしの職場、勘定所が処理する経費や給料関係の書類をこの場で確認していくのだ。

 本来なら、期日までに郵送か直接手渡しかで提出してもらい、勘定所で処理してから所定の口座に振り込むのだが、、ここ真選組から期日までに提出されたのは本当に数えるほどしかない。
 出さないのが悪いのだからほっとけばいいような気もするが、色々と未払いになるのもどうも外聞的に良くないらしく、半年ほど前からわたしがここに派遣されるようになってしまった。
 まあ、派遣されることは別に構わない。同じ場所で事務処理ばかりというのも飽きるし、勤務時間内に外に出るのは気分転換にもなる。

 問題なのはこの人だ。副長さんの隈を携えた目つきと醸し出される重圧に、毎度毎度耐えきれないのだ。

 自分の心理ストレスがメーターを超えてしまわぬうちに、とわたしは目の前にバサバサと積まれていく書類たちを手に取った。
 経費は主に領収書になるが、日付やあて名、但し書き、金額など事務処理に必要な項目がきちんと記載されているかを見ていく。これはまだマシだ。たまにキャバクラ関係だの、完璧に自費だろと思うものが紛れているが、問答無用で破棄すればいい。
 いつも問題なのが給料関係。基本給にプラスして、夜勤の見回りや休日出勤など特別手当のつくものの必要書類を揃えないといけないのだが、、、ここの人はまーそのへんが適当なのだ。

「えーと、今月の見回り表とかあります?」
「あァ、そのへんに置いてあるはずだ」
「……この紙の山ずらしても?」
「構わねえ」

 とか言って紙の山倒した瞬間には明日の朝日を拝めないような気がする。
 南無三、、と心の中で手を合わせながらそびえ立つ山の側面に手のひらを添える。セイ! と動かしたら案の定倒してしまい、涙目になりながら謝罪し、紙を拾い集めた。
 気にも留めてなさそうに見える副長さんを横目に、わたしは勘定所の印鑑をついていく。今日はどれぐらいかかるだろうか、と唸りながらひたすら文字に視線を落とした。





「土方さんって目はいいんですか?」

 目の前でもうもうと煙を上げながら絶えず煙草を吸い続けるその人にそう問うと、その鋭い目つきでこちらを見られた。怖い、素直に怖い。

 副長さんとこの室内で一緒に書類業務をこなしてはや3時間が経とうとしていた。
 噂では、この真選組には腕は立つけど頭はさっぱりという人が多いらしい。彼はその中の限りなく少ない例外のひとりだそうで、それ故に机に高く積まれた紙束にいつも囲まれている。前述したように、真っ黒の隈を作って、だ。だけど残りはもう僅か。わたしに分断された作業ももうすぐ終わる。
 そう思ってしまったからか不意に気が緩んだ。作業中は滅多に話しかけないのに、ぽつりと話題を提供してしまうほどに。

「は? 目?」
「はい、いえ、すみません」
「…目は悪かねえと思う」

 彼はとても整った顔立ちをしているけれど、人を寄せ付けないほどに目つきが悪い。顔の綺麗な人が真顔で高い位置から見下ろしてくるというのは言いようのない凄みがあるのだと、この人に出会って初めて知った。
 まあ要するにわたしは副長さんが苦手だ。突き刺さるような視線が怖いのだ。口数の少なさがよりいっそう気まずさを加速させる。

「何でそんなこと聞くんだよ」
「書類を見るときいつも目を細めてらっしゃるので」
「ああ、それは総悟の始末書ばっかで嫌な気持ちになるからだ」
「…ぶふっ」
「笑うなよ」
「すみません…副長さんも嫌とか思うんですね」
「思うっつーの。あの野郎、昨日も元気に民家の屋根破壊しやがった」
「わあ、大変」

 なのに、今日はトントンと弾む会話。変な感じ。副長さんは相変わらず険しい顔していたけれど…もしかしてこれがデフォルト? 別に、不機嫌なわけではない?

「お前は目いいのか」
「へ? わたし? …いえ、コンタクトしてますしあんまり良くないです」
「…あんな小せえガラスよく目の中入れられるな」
「…もしかして、怖いとか?」
「んなこと一言も言ってねえよ」
「…ぶふっ」
「笑うな」

 もしかしなくとも、実はこの人そんなに怖い人じゃない…? 思わぬタイミングで苦手意識がなくなってしまい拍子抜けしてしまう。
 そうこうしていたら必要な書類が全て揃った。…初めてだった、終わってしまったことを名残惜しく思ったのは。

「これで終わりで大丈夫ですか?」
「ああ、すまねえな」
「これ以降の追加処理は受け付けられないのでご了承くださいね」
「俺の分は全部渡したから問題ねえよ」
「ふふっ、それなら安泰ですね」

 トントン、と机の上で紙の角を揃え、ファイルに入れたりクリップで留めたりと紛失しないようにまとめていく。持ってきていた鞄に全てを収納し、ーーーさて、戻ろうと腰を上げ、声をかけようと土方さんを見ると目が合った。

「また、間に合わねえかも」

 いつもならちょっと引きつった笑顔で返事をしていたかもしれない。だけど今回は、

「はい、また様子見に来ますね」

 満面の笑みで返事できていると思う。
20170728

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