「ねえ、どうして守れないわけ?」

 眉間に皺を寄せて、ーーー例えるならそう、副長みたいに怖い顔をしながら彼は言う。
 「どうして」と言われてもある程度は仕方のないことなんだから理解をしてほしい。

「無理です、…山崎さん以外の男の人と話さないなんて、そんな約束」

 だってわたしは、この真選組の屯所でお女中として働いている。炊事、洗濯、掃除。この仕事内容のどれもが屯所内で生活する隊士の皆さんのためである。もちろん、目の前で不機嫌そうに立っている山崎さんも含めてだ。
 だからわかるはずなのだ。洗濯ひとつにしても、面倒くさがりの男性たちが使用済みの衣類を出さないのを急かす、汚れが落ち切らないものを処分するのかしないのか確認する、そんな必要最低限の会話が要るんだと。山崎さんともそんな会話をする。当たり前に。だって必要だから。それが他の方々も同様だとどうして気付いてくれないのだろうか。

「俺以外の男と話すような仕事は他の女中の人に頼んだら?」
「その人にはわたしとは別の割り振られた仕事があるんです」
「そんなのパパッと終わらせてもらってさ」
「…もう、どうしてわかってくれないんですか?」

 思わず溜め息が漏れる。前まではこんな人じゃなかった。少なくとも、彼とお付き合いをするようになるまでは本当に優しい人だった。急だったように思う。こう、束縛をされるようになったのは。

「わかってないのはななこさんのほうだけど」

 さも当たり前のように言うものだから、なんだかこちらが悪いことをしている気分になる。だけどこっちは仕事のことだし理解をしてもらわないと困る。
 "でも"と反論の言葉を口にしようとした瞬間、トン、と肩を押された。ぐらりと後ろにバランスを崩したが思いの外近くに壁があったため、それに体重を預ける形で転倒は免れた。

 不意に、わたしの心臓が鳴る。山崎さんがわたしの顔の横へ手を付いて、ぐっと距離を詰めてきたからだ。
 彼はいつもみたいに、優しげな表情で笑っている。空いた手でわたしの頬を撫で、「ななこ」と低い声で名前を呼んだ。いつもはさん付けなのに、呼び捨てだったことにもまた心臓が不規則に鳴った。

「俺のこと、好き?」
「…はい」
「俺もななこさんのこと好き」

 距離が、近い。息を吐けば当たるぐらいのスペースしかないない中で、山崎さんはなおも言葉を続けた。

「ななこさんは俺の。だからその目で他の誰も見なくていいんだよ。男なんてもってのほか。俺だけ見て、ほら」

 視線が交わって、山崎さんが微笑む。頬を撫でていた手が顎に伸びて、ほんの少し上を向かされた。
 頭が付いていかない。いつもの山崎さんはどこにいったんだろう。ほらあのミントンラケットを振って汗を流して、副長に怒られて、隊長にいじられて、みんなから忘れられてるような、そんな彼は。

「なに考えてるの? 俺のこと? もし俺のことじゃなかったら、…どうしようかな」

 くっついた唇に、思わず目を閉じる。こんなの、卑怯だ。こんな山崎さんなんて、…心臓が持たないじゃないか。

 「顔、真っ赤だよ」と彼は言う。わたしは目を開けられないまま、背中に回る意外と逞しい腕に身を任せた。
20170606

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