「センパーイ、待ってくださいよう。相変わらず地味すぎてすぐ見失っちゃうんですって」
「やめてくれる? さりげなく心をえぐっていくの。俺だって傷つくんだけど。ハートブロークンなんだけど」
「やだー横文字使ったからって言ってること何ひとつかっこよくなーい。そんなだから彼女できないんですよー?」
「なにこの子、言葉のナイフ振り回してくるんだけど。なんでこんな子が俺の部下なんだよ…」
「その文句は副長に言ってくださいね? 私はただ辞令に従っただけなんで」
「辞令がなけりゃ俺の元になんてつきたくないってか」
「やっだあ、センパイ実はエスパー?」
「いやこっちは冗談言っただけなんだけど!? ノリって知ってる!?」
「ええ、はいもちろん。使い所はわかりませんけど」
「そこわかろう!? 上司と付き合っていく部下にとって必要不可欠だから! 超大事だから!!」
「なんでホントのことをわざわざ冗談にしないといけないんです?」
「ああ、うん…なんかごめん…」

 がさがさとコンビニの袋を揺らしながらアイスを頬張る俺の部下こと七瀬は、どんな采配があったのか先日急にこちらの部署に回された。
 女性だけど持ち合わせた身体能力の高さと剣の腕前は真選組内でも評価されている、ということは武闘派ではない俺でも知っている。
 去年1年間、見習い隊士としてしっかり下積み時代を過ごした彼女は今年の春、どこかの隊に編成されるはずだっただろう。だが、まさかこんなことになろうとは。

 今日は夜から、最近やけに活発に行動しはじめた攘夷浪士の拠点を突き止めるための張り込みだ。そのためにルーティーンのあんぱんと牛乳を買いにコンビニに立ち寄ったのだが、急に七瀬の姿が消えた。焦ってコンビニから出ると、向かいの別のコンビニからアイスを口にくわえた彼女が現れたのは苛立ちを通り越して呆れた。そして冒頭の会話になる。

「なにぶつぶつ言ってるんですか?」
「ううん、別に」
「なに? 某女優意識してます?」
「ないない、怒られるよ。とても名前も出せないような人に」
「はーい、すいませんっしたあ」
「…はいはい」

 わざとこちらを苛つかせるような物言いに最初こそ腹が立ったりしたけど関わっていくにつれてひとつ、こうなるのに思い当たる節があるのに気付く。
 七瀬はきっと監察方じゃなくて実践向きの隊に入りたかったはずだ。行き場のないフラストレーションを副長にぶつけるわけにもいかないだろうし、向かう矛先がいつも一緒にいる俺になるというわけだ。だからといってその態度が許されるわけじゃないけど、理由がわかるとどこか可愛らしく思えてくるから不思議だ。
 だから上司としてここは懐大きく彼女を受け止めてやることに決めたのだ。

「…結果出してけばきっと他の隊に移る機会もあると思うけど」
「はい? どうしたんです急に」
「監察なんて地味な仕事、したくないんだろ? 七瀬は男だらけのここで他の隊士に引けを取らないぐらい腕が立つってよく聞くし」
「それはありがとうございます」
「…今回の張り込みうまくいったら結構大きいと思うし」
「ああ、そうなんですね、仕事の大小がまだよくわかっていないもんで」
「だからそんな卑屈になる前にちょっと頑張ろうよ。俺もフォローするからさ」
「…」

 ぃよし! いいこと言った! すげえいいこと言ったよ俺! 初めて七瀬が黙ったァァア! 核心ついたァァア!
 隠れてガッツポーズし、購入したパックの牛乳にストローさしてすする。うんうん、上司たるものこうでないと。これで彼女もきっと俺のことを敬って…、

「…センパイ」
「うん? なに」
「…うっ」
「泣くなよ、ハンカチなんか持ってないんだから…」
「うっ、ぶはっ、アッハッハ! やばーい! センパイまじで上司〜!」
「…えっ?」

 顔を俯かせていた七瀬を慰めようと肩をポンと軽く叩いたら、急に彼女が腹抱えて笑いだす。愛想笑いはよく見るけど、そうではない自然な笑顔を初めて見たのでちょっとドキリとする。だけどシリアスな雰囲気から打って変わってあまりにも大口開けて笑うのでなんだか違和感を覚える。

「もー私がいつ監察の仕事したくないって言いました?」
「え?」
「確かに辞令を出したのは副長ですけど希望を出したのは私自身ですよ」
「は? え? ええ!?」
「センパイったらホント早とちり〜笑える〜」

 その言葉に脳がパニックになる。七瀬が自分で志望して監察方にきた? ーーーじゃあ、あの態度はなんでだ? ってかこんなとこにわざわざ希望までしてくるって、なんだコイツ。
 真意を図りかねて自分の肩あたりの高さの横顔を見ると、アイスを完食したらしい彼女は棒をくわえながらニヤリと笑う。

「センパイ困ってます? あー楽しっ」
「…なにもう訳わかんないんだけど」
「いいんですよ、何もわからなくて。センパイはただ私の腕っぷしをうまく使ってくれればいいんです」
「ああそう…」
「せっかく頑張って稽古したんですからねー? 無駄遣いしないでくださいねー?」
「…とりあえずわかったことは七瀬の発言は全部ノリと冗談で出来てるってことかな」
「すいませーん、使い所わかってないんですう」

 すっかり部下の手のひらで転がされているような気がしたが、彼女の発言から読み取るに監察の仕事は嫌ではないらしい、と…。
 なんか張り込み前からドッと疲れたけど、まあ仕事に支障がないならとりあえずいいか…。

「…センパイに憧れたなんて言えるわけない」
「えっ? なに? 急に小声やめてくれる?」
「いいえ、独り言です」

 にっこりと笑う七瀬を怪訝な目で見つつ、この部下にはまだまだ手を焼きそうだなと感じた。
20170520

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