神様はいない | ナノ

第一話 1/3
「上忍に推薦されたんだって?」

 任務を無事に遂行し、木の葉の里へ帰還してすぐのこと。呼び出されて向かった先で、"お前を上忍にと推薦がきている"と告げられた。
 自分の口からはなんとも間抜けな、"はあ"とも"へえ"とも捉えられそうな声しか出なかった。その上、すぐに良い返事ができなかった。周りの皆が驚いた表情をしたのを見、わたしは焦って返事は少し待ってほしいことを伝えた。
 そりゃあそうか、昇格するまたとない機会に言葉を濁して保留にしてしまっては……そんな表情を浮かべられてしまうのも頷けた。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、自宅への帰路を急ぐ。陽はもう傾きかけていて、じきに暗くなる。ーーー早く、闇に紛れてしまいたい。
 そう考えた瞬間、建物の陰から声が聞こえた。ハッとしてそちらを向くと、愛読書片手に壁にもたれるはたけさんがいた。さすがエリート上忍。気配なんか毛ほども感じない。前述のセリフを言う彼の前へ立つために、目尻を下げつつ口角を上げた。

「情報が早いんですね」
「オレもそれに賛成したうちのひとりだからね」
「…では、そんな白々しい聞き方する必要ないでしょう」
「ま、そうだけど、そう堅いこと言わない」

 パタンと本を閉じてポケットにしまい、わたしの隣に肩を並べたはたけさんはずいぶんと背が高い。だから自然に彼の顔を見上げることになる。
 わざわざそれを言うために待ち伏せしていたのだろうか。不思議に思ったが表情には出さぬよう気をつける。

 そのとき右目だけでじっと見つめられていることに気がついた。何か失礼な態度をとってしまったかと「すみません」と謝罪するも、彼は短く息を吐くのに笑みを紛らわせている。

「ほんと、真面目だなあ」
「ああ、はい、すみません」
「それはそうと、どうしたの」
「何がです?」

 いつも通りですが。そう返すとまたもふう、と息をつくはたけさんに心臓がざわついた。わたしはいつも通り、話しているのに。首をかしげて彼を見続ける。

「おめでたついでに晩ご飯でもと思ったけど、その様子じゃいい返事しなかったんでしょ」
「…わかります?」
「うん、すごく」

 平常心を心掛けてここまで歩いてきた。はたけさんに声をかけられた瞬間に笑顔を貼り付けた。本心を表情に乗せてないつもりだった。なのにこうも易々とバレてしまうとは。
 この人が鋭いのか、自分がポーカーフェイスを装うのが下手なのか。前者であってほしいと願うばかりだ。

「…ま、立ち話もなんだし」
「はい?」
「ご飯、誘うつもりだって言ったでしょうよ。時間ある?」
「…はい」

 ひとりきりになりたかったのに。そうは露ほども口に出せない。くるりと踵を返す、その大きな背中が進むのに従うほかない。上司と部下もややこしいもんだ。
 ご飯か。正直なところそんなにお腹は空いていない。任務の後はいつもそうだ。血の匂いを嗅いだような日は特に。シャワーを浴びて、汚れとともに落としたつもりではいるけど染み付くそれは簡単には消えないようだ。それともただ残っているよう錯覚しているだけなのか。

「何食べたい?」
「そう、ですね。なんでも構いませんが」
「そう言うと思った。うーん、そうねえ…とはいっても今日は世間一般的に休日だし、どこも混んでるかもね」
「…それなら、ラーメンで。簡単に食べられますし」
「え、本当に?」

 くるりと首だけで振り返ったはたけさんに、深く頷いて見せる。
「お祝いのつもりだったのに」
 ポツリと呟く彼はこちらの顔を覗き込んできた。

「ラーメン割と好きですから」
「ま、そういうことなら…じゃあ一楽はどう?」
「構いません」

 どうも腑に落ちない様子だったが、目当てのラーメン屋の方向へ歩き出した。自分もその後ろへ着いていく。
 ふわりと香ったような気がしてスン、と鼻を鳴らす。纏わりつく赤い気配に、やはりいい気分がしない。不快感から思わず目を細めてしまう。狭まる視野の中で大きな背中を追った。
 
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