神様はいない | ナノ

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 いい調子で酒を煽る七瀬。オレのことを名前で呼ばせたせいだろう。普段から目は合わないことのほうが多いが、今日は一段と視線がこちらを向かない。
 ま、それは想定内として、気持ちのやり場に困ったであろう彼女がここまで飲むのは予想外だった。
並の人間よりはアルコールに強いだろう。2杯目から日本酒、しかも冷や酒をチョイスするには、それに対する耐性がないと無理だ。本人が頼むのだから大丈夫なんだろうけど…七瀬は、自分が明日も仕事だということを覚えているのだろうか。

 酔いが回るにつれて、纏っていた堅苦しい雰囲気が徐々に緩んでいく。それ幸いと何気ない世間話を振ってみると、いつもより口数多く返ってきた。でも受け答えはしっかりしているし顔色も変わらない。相手は相当の手練である。その様子を伺いながら、どうやら気に入ったらしい日本酒を勧める。そのまましばらく平然としていたが、ある一定のラインを超えたときそれは突然きた。

 背中に鉄板が入ってるのかと思うほど、七瀬は姿勢がいい。壁の近くに立ってもそこへもたれることはないし、椅子に座っても頬杖をつくことはない。人目につく場所でだらしない姿を見せたことはないのだ。

「ねえ、カカシさん」

 そんな七瀬が背中を丸めて頬杖つき、首を傾げて、更には潤んだ瞳を上目にしてこちらを見つめてくる。「ねえ」なんて砕けた口調も、甘ったるい声色も初めて聞いた。自分の心臓が妙な音を立てる。

「自分のことは名前で呼べって言ったくせに、あなたはわたしのこと名前で呼ばないんですか?」
「呼んでほしいの?」
「いえ、そうでもないけど…なんか不公平だなあ」

 敬語がついたり消えたりするあたりに、もうずいぶん酔っていることが伺える。
 お猪口を口へ運ぶために伏せた目。睫毛に縁取られたそれをまじまじと見られることはあまりない。うっすら朱に染まる頬。触れるときっとそこは熱を持っているだろう。酒を含む唇は濡れており、紅を引かずとも艷やかに光っている。

 …ちょっとこれは、なんというか、

「…結構酔ってる?」
「うん、そうだと思いますが、話を逸らさないで」
「素直なのは変わらないんだ」
「別に意地張るところもないでしょう」

 うまく話題を逸らし、自分の飲みかけを空にする。何か取り返しのつかないことになる前に店を出たいような、そんな気持ちになった。だけど今の七瀬にこちらの心情を読み取る平静さはなく、また潤んだ目を真っ直ぐに向けてくる。

「…もう、いいです」
「怒らないでよ」
「いーえ、お手洗いに行ってきます」

 痺れを切らした様子で、勢いよく立ち上がったと同時に体がふらりと揺れた。踏みとどまって暫し動きを止めていたが、わりとしっかりした足取りで目当ての場所へ向かっていく。
 興味本位で飲ませすぎたかな。反省しながら、その隙に会計を済ませた。

 しばらくしてお手洗いから一直線にこちらに戻ってくる姿が見えた。酒が回っているはずなのに、それはいつも通りだった。背筋はピンと伸びており、髪をなびかせて颯爽と歩く。酔っぱらいの溢れる居酒屋で、そんなふうに出で立つ人は珍しい。
 男性陣の視線をちらほら集めながらオレの側に立った彼女は、ふんわりと微笑む。

「ちょっと気持ちが悪いです」
「うん、耐えて」

 稀な、引きつっていない笑顔だったが、その余韻に浸る暇もない。もう出ようかと言葉を続けたかったけどそれもできなかった。華奢な体がゆらりと大きく揺れたからだ。こちらも立ち上がりその背を支える。ーーートン、と自分の胸に小さな頭が寄せられる。いい歳してそんなことに体が強張ってしまった。
 いや、相手が相手なだけに仕方がない。普段人とは馴れ合わない七瀬だから、この距離の近さに動揺してしまったのだ。

 七瀬はそんなこと大して気に留めてないらしく「立ち上がってどうしたんですか?」と不思議そうにこちらを見上げてくる。

「帰ろうか」
「あ、お代は…」
「うん、いいから帰ろう」

 肩を抱こうとも抵抗されることはない。ふらふらどこかに行かれても困るので好都合ではあった。ただ、何の躊躇もなく体を寄せられるのには少々戸惑ったが。
 熱い、そう感じるのは自分も酔っているからだと思いたい。
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