神様はいない | ナノ

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 ふわふわと落ち着かない足元に、気を張っていないと転んでしまいそうだ。繁華街という喧騒の中を歩いているが、それらが遠くに聞こえるほど心が浮ついている。何気なく空を見上げるととても綺麗な青だった。今の自分の心を色で表すなら、それはきっとこんな色だろう。

「…はたけさん」

 わたしをアカデミーの講師に推したのは、火影様曰くある人からの提案だったらしいが…そんなもの思いつく人物はひとりしかいない。
 その名を呟くと胸がざわつく。彼に早く会いたい。まだ忍者でいられると報告したい。そしてお礼を言いたい。

 はたけさんは今日、午後から任務があると言っていた。だからあの銀色を探して視線をさまよわせているのもきっと無駄だろう。だけどどうしてもそうしてしまうのをやめられなかった。
 だって、いるかもしれない。この人の波の切れ間に不意に現れるかもしれない。彼はいつもひょんなところから顔を出すのだから。



「カカシ先生! なんでまた今日もまた犬探しなんだってばよ!?」
「これも立派な任務だって言ってるでしょ。ちなみに今回は犬じゃなくて猫ね」

 聞き覚えのある名前が聞こえた方向を見ると、3人の少年少女に囲まれた姿を発見した。

 …本当にいた。そういえば下忍を受け持つことになったと少し前に聞いていた。それが彼らなのだろう。猫探しなんてDランクの任務がずいぶんと懐かしく感じる。
 思わず立ち止まってその光景を眺めた。今、話しかけるのはやめておくのが正解だろう。簡単な任務といえども彼らには大切なものだからだ。
 猫というすばしっこい生き物を個々の能力やチームワークを駆使して速やかに発見、捕獲する。一見すると地味な作業だから、気乗りしないのはわかる。自分も少し面倒に思った記憶がある。だけど忍者としての基礎を学べる大事なものに違いはない。

 このまま、通り過ぎていってくれたらいい。また明日にでも改めて家を訪ねよう。今着用している服も洗って返さないといけないのだし、そうすることが一番良い。効率的で迷惑がかからない。だけど少し、気づいてほしい気持ちがあった。足を踏み出す振動で、揺れる銀髪から目が離せない。

 意識をそちらに集中していたせいで、前方をきちんと確認できていなかった。ドン! と何かにぶつかってしまい、ようやく進行方向を見る。謝罪しながら道を開け、体格のいい中年の男性を見送った。
 ーーートン、と肩に温もりが乗る。驚いて振り返るとまた、陽に透ける銀色に目がいった。

「七瀬」
「あ、…は、はたけ上忍」

 先ほど声を上げてしまったからだろうか? はたけさんに見つけてもらえたのは。
 思いのほか嬉しさが大きくて動揺しかけたところに、彼のその後ろに着いてきていた3人を見て即座に冷静さを取り戻す。

「終わったの? 今朝の用事」
「はい」

 アカデミーを卒業したての下忍。幼さの残る顔つきの彼らに会釈をし、一際背の高い人を見上げる。

「またお時間のある時で構いませんので、本日のことを報告したいのですが」
「…気を使ってくれてるのはわかるけど、堅すぎるんじゃない?」
「はあ…これ以上どうにもなりませんが…」

 すんなりと空いた時間を教えてもらえるかと思いきや、予想外の返しに反応に困る。するとはたけさんの背後からひょっこりと、男の子が顔を覗かせた。黄色い髪が眩しい。

「ねえ、もしかしてカカシ先生のコレ!?」

 小指を立てて見せた瞬間、ピンクの髪の女の子にげんこつで殴られていた。それは無防備な後頭部にクリティカルヒットし、男の子は濁った悲鳴を上げて地面に座り込む。

「アンタって何でそんなに失礼なの!? 初対面でしょうが!!」
「だ、だってー…女の人と話してるとこなんか初めて見たってばよ…」

 コレ、と小指を立てるその動作が何を意味するのかさすがにわかる。自分はそんな大層な存在はないし、関係性を誤解されているのは頂けない。とりあえず自分ははたけさんの部下であるということを伝えようと口を開きかけたとき、大きな手のひらで制された。

「こいつらはオレの新しい部下ね。ナルトにサクラ、サスケ。紹介しとくよ」
「ありがとうございます。わたしは七瀬ななこと申します」
「ななこちゃんって呼んでいーい!?」
「…構いませんが」

 もうすでに話題は逸れていた。…別に、訂正するほど本気で言われているわけじゃなかったのか? はたけさんが気にならないのであればそれでいいけれど。
 悪気なく会話に入ってくる男の子の、にんまりとした笑みを見やる。浮かんでいる表情はどうにも憎めない。それをじっと見ていると、不意に思い出す。ーーー色々あった。だけど、ちょうどこの頃だった。わたしがはたけさんに出会ったのは。どんな困難に出会おうとも、彼の下でいればきっと良い方向に導いてくれる。

「…あなた方は良い師を持ちましたね」

 少し、羨ましい。

「長々と申し訳ございません。はたけ上忍、明日の夕方あなたの家を訪ねます。いらっしゃらなければまた日を改めますので、都合がつく場合だけで結構です。それでは失礼致しました」

 腰を折り、深く頭を下げる。ひと呼吸おいて顔を上げたらすぐに踵を返した。かなりの時間、引き止めてしまった。邪魔になってなければいいのだが。そんなことを考えながら帰路を辿る。
 帰ったらすぐに洗濯をしよう。借りているこの服と、自分の溜めに溜めたそれを一緒に洗っても大丈夫だろうか。…まあ、洗剤を使うことだし構わないか。





「…なんかすっげー堅苦しいけどすっげー綺麗に笑うねーちゃんだったってばよ…」

 人の波に消えていく背中を見ながらナルトが呟く。

「ナルト、お前はツイてるよ」

 “あなた方は良い師を持ちましたね”
 そう言った七瀬はいつもの下手くそなものではなく、自然な笑みを浮かべていた。キョトンとするナルトは、なかなか拝むことのできないそれをいとも簡単に見れたのだ。

「いつも引きつった笑顔ばっかりなんだけどねえ」

 そう呟きながら、思わず笑いそうになった。オレたちが任務中だとわかっていただけに、こちらの返事も待たずにサッサと向けられた背中。そして七瀬の立ち去る早さはいつも以上で、そんなところに彼女らしさを感じてしまったからだ。

「…あの人がカカシを信頼したからじゃないのか」

 ぼそりとサスケが呟いたのを聞いて、ニヤケ顔のサクラが大きく頷く。

「良い師ってカカシ先生のことですよね? あんな笑顔でそう言えるって相当ですよ」
「…さあ、どうでしょうね」

 稀な笑顔に気を取られて、そこまで考えていなかった。だが彼らの言うとおり、少しでも信頼してもらえたなら万々歳だろう。

 キャッキャと騒ぐ、年頃の彼らに絶好の話題を与えてしまったことに少し後悔しながらも、今日の本来の目的を果たそうと場を取り仕切る。
 そんな心の隅では、明日の夕方を少し期待していた。幸い、明日は第七班の任務も個人的な用事もない。オレの提案に彼女がどういう反応をしたのかとても気になったが……まずはDランク任務にやる気の見えない子どもたちを焚き付けて猫を見つけるのが先、かな。
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