神様はいない | ナノ

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 穏やかで澄んだ空。白い雲が微妙に形を変えながらゆるりと移動している。会話もなく、頬を撫でる柔らかな風をしばらく感じた。

「気持ちがいいですね」
「そうだね」

 気まずいというわけではなかったが、なんとなく沈黙を破った。会話はすぐに途切れた。街の景色を見たい。そう思い立って車椅子のタイヤを押す。案外難しい操作に戸惑っていると「押すよ」と声がかかった。スピードが緩やかに上がっていく。

「体は? 辛くないの」
「平気です。立って歩きたいですが…安静にしてろとのお達しなので」
「それでずっと寝てるってわけね。七瀬が真面目なやつでよかったよ」
「それは、どうも」

 フェンス越しに見渡す。こうやって里を眺めるのは初めてかもしれない。続く町並みは自分が考えていたよりも広く、その中を人々が行き交う。
 きっとあそこは賑やかだろう。実際にそこへ立つと雑踏にまぎれて、自分もなんの特筆するところもない存在のひとつになるだろう。だけど今は、自分とはたけさんだけ、ぷちりと切り取られたみたいだった。

 どれぐらいそうしていただろうか。

「…目を覚ます前に夢として、ずいぶん懐かしいものを見ました」

 ぽつりと呟くように言ったのだが、わたしの背後に立つはたけさんにはしっかり聞こえていたらしい。ゆったりとした口調で続きを促される。

 死にかけた日のことは、最後以外てんで思い出せない。なのにはたけさんと出会った日のことは、最初からずっと鮮明に記憶している。
 目を瞑ると蘇る風景。穏やかに吹く風は頬を撫でて、自分と彼の髪を揺らしていた。慰霊碑の前へ手向けられた花の弁も揺れ、まだ生きていると言っているように錯覚したのを覚えている。

「わたしとはたけさんが初めて出会った日のことです」
「それはまた懐かしいねえ…」

 はたけさんにとってはきっと、日常の中にありふれている些細な出来事のひとつだったに違いない。だけどわたしにとっては歩む人生を分岐した、重要なターニングポイントだった。
 あの時点で複数ある選択肢を陰と陽に分けるとするならば、恐らく後者を選べたと思う。それは、はたけさんのおかげ。

「改めて、あの時はありがとうございました」
「いや、オレは特に何も…七瀬が行動に移したからだよ」
「そんなことはありません。先日も助けていただいて、はたけさんにはもう頭が上がりません」
「あの状況は誰だってああしたはずだ」
「…それは否定できませんね」
「そういうところは素直だよね」
「嘘をついてどうするんです」
「ま、そうなんだけどさ」

 あなたとならスムーズに会話できる。素直に言葉が出てくる。この人といられるなら、わたしは強くなれる。

「…ありがとうございました」

 だけど、わたしではあなたの役には立てない。

「今までのこと、本当に、感謝しています」
「…何? 変なこと言いだしかねない雰囲気だけど」
「いえ、変なことではありません」

 もう、背中を任されることもないのだから。

「わたし、忍者を辞めようと思います」
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