恋は盲目である 1/4 

「今日、夕方からバイトなんだっけ?」

 お互いにメインを食べ終わったあと、メニューのデザート欄を見ながら友也くんが言う。自分の胃の中は余裕なんて到底なかったけど、合わせたほうがいいのかなと同じようにラミネートされたページを見ていた。

「うん、4時から」
「へえ何時まで?」
「10時までだよ」
「働くなあ、明日も1限目からじゃん」
「だから帰ったらすぐ寝るんだよね」

 机に頬杖をついて、重めのラインナップの中でまだ比較的軽そうなバニラアイスを眺めていたら自分の前髪が揺れた。
 目だけで見上げると、友也くんの手がわたしの目にかかる髪をかき分けていた。彼の思いも寄らぬ行動に固まってしまう。そのまま見つめられて数秒「なんだよ」と安心したような声が聞こえた。

「えっなに? 急に」
「や、なんか七瀬が泣いてるように見えて」
「全然。そんなことないよ」

 視線が交わったならじいっと見つめられて、口ごもることしかできない。

「なあ、七瀬」

 何か返事をと思ったけど漂う妙な空気に、声が喉に貼り付いて出なかった。喧騒が遠い。弧を描いていた唇が薄く開かれる。

「余りモン同士、付き合おーよ」
「…へ?」

 どうしてその結論になるのか理解できなかった。言葉通り、わたしたちはあのグループの中の半端者同士だ。だけど友也くんはたぶんまだ友美が好きで、ほんの少し前まで「あいつら俺の前でいちゃつきやがって」とかなんとか悪態をついていたじゃないか。
 …え? 都会っ子ってこんな感じで付き合っちゃうものなの? 付き合うまでのプロセス短すぎない? ぱしぱしと目を瞬かせていると彼は言葉を続ける。

「七瀬ってなんか居心地いいよな。こう、ノーと言わねえ雰囲気が」

 ポン、と悪意なく掛けられる言葉はわたしの触れてほしくないところに刺さって、先に付いていた棘を深く深く潜らせていく。

 確かに、ノーとはあまり言えない。否定できず、返事もしなかった。何も言わないこちらをどう思ったのか知らないが、前髪をかき分けていた手はおりていき、わたしが自分の顔を支えていたつっかえに触れた。

「どう?」

 どうすればわだかまりが残らずに断れるか考えていた。もうこれ以上、身の回りの関係に亀裂を入れたくない。
 すぐに答えが出ずに焦っていたら手を握られた。さすがに身をのけぞると、指先に口が寄せられる。不味い。それだけはわかる。…これは言葉を選んでいる場合じゃ、



 そのときだった。腕を強い力で引かれたのは。ぐちゃぐちゃになっていた頭の中はすべてそちらに持っていかれる。
 不意打ちだった勢いに負けて通路側へ変な角度で体を傾けてしまう。捻り上げられる手首が痛い。驚きながらその主を見上げて、ヒ、と引き攣った声が出た。

 こちらを見下ろす隻眼は恐ろしさを感じるほど冷たい。目が合うとゆるりと口角を持ち上げたものの、それは笑みなどではなくただ本当に吊り上げただけだった。

「ちょっと晋助ぇ、なんで置いてくの?」

 彼の背後から甘ったるい声がする。ひょっこりと、派手な見た目の女の子が顔を覗かせた。金色に染められた髪は緩く巻かれている。真っ黒に縁取られた目の周りでバサバサと揺れる睫毛。艶のある真っ赤な唇は目を引いた。美人さんだけど、その完全武装された姿にナチュラルメイクの自分は恐れおののいた。

 そこで、その女の子がまた"シンスケ"と繰り返した。彼女の目線は、隻眼の彼に向けられている。そこで"シンスケ"というのが、見知った男性の名前だということに気づく。
 そういえば名前聞いたことなかったなあ、ってか周りの人の視線すごいなあ。ぼんやりそう思いつつも、わたしはあるものに目を奪われた。

 それは眼帯をした彼の背後に立ったままである女の子の服装だった。わたしは田舎出身だがここで見る、大きな襟のついた上着に大層覚えがある。というか自分も着ていた。つい2年ほど前の話だ。
 配色は多少の違うものの深い紺色を基調としたことと、大きな襟の付いた独特なその形は地域問わず一緒らしい。もちろんプリーツの入ったスカートの長さは全然違うけど、…それ、セーラー服ですよね?

 次に気になったのは彼女とわたしとを遮る男性の服装だ。上は白いシャツを着ているが、恐らくそれはカッターシャツだろう。3つも4つもボタンが空いていて、胸元からインナーが丸見えだ。
 腰の位置でまでずり下ろされたズボンは光沢のある生地で仕立てられており、自分が見てきた姿よりずいぶんとラフではあるが学ランだとわかってしまった。

「…は、なに? 急になにすんの?」

 友也くんの低い声は真っ当なことを指摘していたけど、やめてほしかった。…抵抗なんかできるわけがないんだ。

「ねえ、晋助ってばぁ」

 やはり、喧騒は遠い。その露出した目に見下されるわたしは、いわゆる蛇に睨まれた蛙と化していた。

 
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