ろくでもない日常の始まり 1/1 

 この短い人生の中で、失敗は何度もしてきた。幼少期に鉛筆の2BとHBを間違えて購入するという初級レベルから、中学生にもなって男子用と女子用を間違えてトイレに侵入、そして便器に向かう男子と目が合うという中級レベル。もうさすがにと思った高校生で、ペンキ塗りたてという張り紙に気付かずベンチに座るというベタな上級レベルまで…色々とやらかしてきた自覚はある。
 ただ、こんなにも頭を抱えそうになったのは初めてだ。



「…あのう、これって、まじですか?」
「お前の言葉は嘘だったってェのか」
「嘘っていうか勢いつけすぎたっていうか…」

 大学進学のため田舎から上京し、一人暮らしのために借りたワンルーム。奨学金を借りつつバイトも並行し、親の助けを受けながら細々と生活している自分だけの城。風呂トイレ付きだし、狭いながらもそれなりに気に入っている。
 部屋の中央に置いてある、ちゃぶ台かとつっこみたくなるような小さい机。今、その丸い木製を挟んで男性と向かい合っている。あり得ない光景だ。この部屋には意中の男性どころか友人すら入れたことがない。堂々とあぐらをかく男性とは対照的に、正座して、膝の上に重ねた自分の手をひたすら見つめる自分は滝のような汗をかいていた。

「ほ、ほんとにするんですか? この部屋で? そこにあるの、せんべい布団ですよ?」
「ヤるときは布団の上だと誰が決めた」
「え、えー…?」

 広げていると場所を取るため、適当に三つ折りにした薄っぺらいせんべい布団。自分と男性を渡すように側に置かれている、固い質感のものをちゃんと見れない。

 ここに置かれているのは目の前のちゃぶ台、せんべい布団、小さいタンス、これまた小さい食器棚。そして自炊のため単身用にしては大きい冷蔵庫、不揃いの調理器具、申し訳程度に設置された壊れかけの扇風機…以上。余裕はないので節約生活を極めざるをえないために物が少ない。良いように言えばシンプルイズベスト。悪意を含ませれば殺風景。そんな見慣れたはずの室内が異質に見える。
 眼帯をした、ガラの悪そうな風貌の彼のせいで。

「うるせえ、腹ァくくれ」

 ムードもへったくれもない言葉が飛んできたかと思うと、その人の手によってちゃぶ台がひっくり返される。ずい、と距離を詰めてきたその人は口角を持ち上げてにやりと笑った。

  
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