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 晋助くんは何が"わかった"んだろう。その答えをわたしとは共有してくれず、振り返ることもなく去っていってしまった。
 あんな終わりを迎えてしまうと残るのは自己嫌悪だった。わたしがいつまでもうだうだしていたから彼は痺れを切らせてしまったんだろう。だから嫌われてしまったんだろう。そう考えたならいつも涙が溢れてきてしまう。
 拭ってくれる指先もなく、それを坂田くんに見せることもできず、心の奥からせり上がってくる悲しさにひとりで耐える。

 大学が休みのときはいつも晋助くんを責めそうになった。心の空白を彼で埋めていたわたしは、途端にバランスが取れなくなっていたからだ。
 バイトをしている時にさえも、ふと思い出す瞬間がある。男性の黒髪や丸まった背中、似ている服装、匂い。自分の部屋だけでなく、ありふれた日常にあの人の気配が潜んでいる気がしてならない。
 閉じこもっていても、駆け出してみても、いつも探している。名前しか知らない彼のことを、ずっと求めている。

 高杉晋助。彼がわたしに教えてくれたのは人の温もりと逃げ出したくなるほどの辛さだ。坂田くんに振られたときの比ではなかった。
 つま先しかつかない、顎のすぐ下まで水面の迫る川辺から自分をすくい上げてくれた晋助くんは、今度は足など到底つかない底なし沼へわたしを突き落とした。なんの躊躇もなく、振り返ることもなく、彼の中だけで全てを完結させていった。フィナーレにわたしは一切登場しない。

 ドアを開けて出ていった晋助くんはあの時、一体どんな表情をしていたのだろう。隙間から空の色を見た気がするのに全く思い出せない。
 覚えているのは彼が着ていた白いシャツと、真っ黒のように見えて深い紫がかった髪だ。さらさらした手触りに、ようやく指を通せるように、なったのに、



「なァ、ななこちゃん」

 呼びかけられ、振り向くと坂田くんが笑っていた。手元のお弁当箱は空だった。そんなにお気に召したのならよかった、と安堵したのも束の間、大きな手がこちらへ伸ばされる。頬に触れるか触れないか、そんな距離で静止した指先はそれ以上近づいてこない。

「触ってもいいか?」

 なんて答えようか戸惑った。結局、坂田くんとは付き合っていない。告白の返事をさせてもらてないまま今日に至る。

 最初は断ろうと思っていた。でも時間が経てば経つほど、そうしてもいいのだろうかと悩んでしまっている自分がいる。
 今、坂田くんがいなくなったらわたしは、誰にすがればいいんだろう。そう考えてしまったら最後、得も言われぬ恐怖と寂しさに襲われる。

 それなら、この指先を断る理由はない。そうに違いない。

「なんで、そんな泣きそうな顔してんの」

 次の瞬間にはもう、坂田くんは笑っていなかった。彼から見てわたしは泣きそうな顔をしているのか。どうりでこんなにも胸が痛いはずだ。表情をコントロールできないほど自分の中はいつもある感情で支配されている。


「…ななこちゃん、泣いていいから」

 晋助くんに会いたい。

 坂田くんの前では絶対に泣くまい。その決意すら揺らいでしまいそうなほど、わたしは思いつめていた。
 すぐそばにあった手を手繰り寄せて自分の頬に押し付けて、感触の違いにまた涙が滲み出てくるほど、限界だった。

 
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