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 今までの荒々しさが嘘みたいだった。壊れ物を扱うように触れられると意図せず体が震えた。疼いて、奥から込み上がるものを感じた。恥ずかしくて隠そうとするのに晋助くんは容赦なくそれを引きずり出す。
 自分が自分でなくなっていくような感覚が怖くて、どこかに繋ぎ止めておいてほしくて手を伸ばすと大きな手に包まれた。

 合間、合間に何度もキスをされた。苦しくなって涙が滲んだら舐め取られて、また酸素を奪われて、雫を落とすことも許されない。
 火照った体に籠もっていく熱の逃がし方がわからずに浅い呼吸を繰り返す。彼はそれを知っているようで、仰け反る腰を押さえつけてまでわたしに触れた。

「おい、逃げんな」
「待って、ほんとに待って、無理、無理だってば」
「怖いなら俺を掴んでろと言っただろう」

 漏れ出る声を拾うように耳を寄せられる。言われたとおり肩を掴むけど、思わず力を込めてしまうから強く爪を立ててしまう。歪む顔にハッとして手を離すもののやっぱり掴んでいないと不安だった。

 だって、こんなの、

「ずるいよ…」
「何が」
「あとからこんなに優しくされたら…どうしていいかわかんない」

 痛みなんか毛程も感じないその行為に、ぶるりと震えてしまう。こんなに優しくて甘やかされるものだと知っていたらきっと拒んでいた。前みたいに痛みを伴うほうがマシだった。…ただのセフレだと、体だけの関係だと思い知らされていたほうがずっと冷静でいられたんだ。

 熱に浮かされる頭では次第に何も考えられなくなっていく。ぼやける視界の中では晋助くんが、見たことないほど綺麗に笑っていた。

「どうもこうも求めりゃいい」

 その言葉は、わたしを簡単に酔わせる。

「寂しくなったら、辛くなったら、いつでもこうしてやるよ」

 返事する暇もないほど唇を押し付けられて、吐息の隙間で彼の名前を呼ぶのが精一杯だった。


………


 ハッと目が覚めたら、室内は薄暗かった。せんべい布団の上で寝かされて上にも布団をかけてくれていたが、素っ裸だったので寝起き早々焦る。あたりに散らかっている服から自分のものを探そうとしたら、ボクサーパンツ一枚で隣に寝転がる晋助くんに触れそうになった。
 パンツはこっち派なんですね。そんな余計なことを考えるも、自分が一糸纏わぬ姿でいる以上、彼に起きられては困る。さっさとTシャツをかぶった。
 次に下を隠せるもの…、と視線を彷徨わせてから、お風呂に入る前だったことを思い出す。どこかに着替え一式を畳んで置いたはずだ。きょろきょろと周りを見回すとすぐに見つけられた。タンスのすぐ側に整列しているものたちを取ろうと腰を上げかけたら、ぐっと手首を掴まれる。

「どこ行くんだ」
「あ、そこの着替え取ろうと…」

 いつの間に起きていたんだろう。だるそうに頭を掻きながらも手を離してくれる気配はない。中腰でいることに辛さを感じて布団の上にお尻をつけたら、晋助くんは目線を下げた。
 まだ何も身に着けられていない部分を見られるのは避けたくて、シャツの裾を下に伸ばして隠す。その動作をじっと見つめられたかと思うと、短い溜め息をつかれた。

「そんなもんもう全部見たあとだ」
「ちょっ、言わないでくださいよ…!」

 掴まれたままだった手を引かれたら、晋助くんへ簡単に体を預けてしまう。そして背中に腕が回ればあっという間に逃げられなくなってしまう。

「痛くなかったか」
「はい…それは全然…」

 離れる温もりを初めて名残惜しいと思った。今度はこちらがじっと見つめてしまったら、そんな空気ぶち壊すように自分の腹が鳴った。

「うわあ! もうやだ…」
「すげえ音」

 もう聞き慣れたはずの喉を鳴らす笑い方も今だけはとても恥ずかしく感じた。何から手を付けようか迷ったがすぐに答えは出る。

「後ろ向いててください」
「もう見たって言っただろうが」
「それでも恥ずかしいんです!」

 渋々といったふうに背中を向けてもらった瞬間、手当たり次第に着替えを引っ掴み、脱衣所にダッシュした。手探りで電気をつけて、壁にもたれたままずるずると座り込む。溜め息をつきそうになったのを堪え、服を脱ぎ捨てて浴室に入った。
 ムッとした湯気に包まれる。なのに足元だけは妙に肌寒くて少し鳥肌が立った。熱めのシャワーを頭から浴びながら、これからの段取りを考える。
 冷えてしまった、浴槽に張ったお湯は洗濯に使うとして…とりあえずご飯と明日の準備と…。頭はわりと回り、しっかりとタイルの上に立っているようでどこか浮ついていた。
 手早く全身を洗い終え、シャワーの栓を閉めたところでふと思う。

 取り返しのつかないことをしたんじゃないだろうか。目を瞑れば晋助くんの余裕のない表情を思い出せる。体を這っていた指先も舌の感触もまだ残っているような気がした。
 それでもわたしたちは恋人同士ではない。これからあんなものが繰り返されるのかと考え、その意味を実感し、…ゾッとした。



 リビングに戻ると、まだ薄暗いままだった。そんな中でちゃぶ台に頬杖ついて背中を丸める姿が目に入る。わたしが風呂に入っている間に晋助くんも服を着ていた。電気をつけてキッチンのほうへ向かいながら声を掛けた。

「ご飯、食べていきます?」
「…そうする」

 食べたいものを聞いてみるも「何でも」と返ってきた。それなら適当にと冷蔵庫の引き出しに合わせてしゃがみ込み、中を覗く。
 食材の残りを物色していたら、自分の周りに影が落ちた。なんだろうと顔を上げると、晋助くんがこちらを見下ろしていた。すぐ側に同じように腰を下ろした彼はいつになく真剣な顔つきである。

「お前、名前は」

 そういえばそんなことも知らない間柄だったと思い返す。

「七瀬です」
「違えよ」
「…ななこです」

 ななこ、と復唱したその人はゆるりと口元を緩めた。

「他の男には流されるんじゃねえぞ」
「…流されるようなことたぶん起きないですよ」
「それは知らねえが…確かに言ったからな」
「はい?」

 聞き返すも、晋助くんはさっさと立ち上がって踵を返す。よほどその横がお気に入りなのか、小さな机に体を預けていた。

 
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