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 昨日、茫然自失になった自分の背後で鳴ったスマートフォンはあるメッセージを受信していた。暫し考え、返信を打とうとしたら着信が入った。操作する親指が通話ボタンを掠めそうになったことで、ドッ、と瞬間的に心臓が跳ね上がる。”坂田銀時”と表示され、震え続けるそれを食い入るように見つめた。
 微妙な距離感を維持しているわたしに彼から連絡がくるのは初めてで、ましてや電話など一生することないだろうと思っていたレベルの出来事で…、

 手の中で小さく振動する携帯がたまらなく重たい。放っておいたらようやく静かになった。ほう、と息をついたのも束の間、またブルブルと震えだす。今度は無料通話のほうではなく、番号からの着信だった。
 参った。それが素直な感想だった。観念して、同じように小刻みに揺れる指で通話へとモードを切り替える。

「もしもし?」

 耳元で声がする。当たり前なことにぞわりとくすぐったくなる。

「ごめん、すぐ出られなくて」
「こっちこそ悪い。すげーかけちまった」

 謝罪の応酬という当たり障りないものから会話が始まったが、吸っていた空気は、次の坂田くんからの言葉で息の詰まるものに変化した。

「明日、昼から講義ねーけど予定あいてない?」
「…えーと、」

 返事に困った。今まさに友也くんにオーケーを出そうとしているところだったが、気にかかったところはそこではない。
 どうして友美の彼氏のあなたが、過去に振った相手に約束を取り付けようと思ったのか? 自分が彼の立場だったらそんなことをするだろうか? と理由を考えてみるも、正解と思えるようなところへたどり着かない。

「友美は?」
「…なんでアイツ?」
「いや、なんでって言われると困るんだけど…ごめん、友也くんと約束あるから」

 わたしの答えに対する返事はしばらく来なかった。無言が続いて、どうしたらいいのかわからなくなる。

 参った。またそう思ってしまう。顔が見えないので、この無言がどういうことを指すのか全く推測できなかった。
 表情というヒントがあればまだ打開策がすぐ浮かぶかもしれないが、今は声色しか頼れない。しかもそれは発されることがないのだ。だから手探りでどうにかするしかなかった。

「何かあるの?」
「…話したいことあるんだよ」
「今じゃダメなの? あ、長くなるならわたしからかけ直そうか?」
「かけ直す意味よくわかんねーんだけど」
「え…電話代、かな」
「ちょ、そんなの気にされたの初めてだわ」

 ぶは、と電話口の向こう側で吹き出すのが聞こえた。こちらは真剣に相手を気遣ったつもりだったがどこかズレていたようだ。恥ずかしくなったけど、無言よりも笑われているほうがずっとマシのように感じた。
 手繰り寄せた糸は正解に結ばれていたのかはわからないけど、気まずさが緩和されただけでも上出来である。

「ななこちゃん最高」
「…ありがとう」
「だからちゃんと顔見て話してえなって思ったんだけど」
「…、…ありがとう?」
「よくわかって言ってんの?」
「ごめん、わかってない」

 わかるわけがない。…難しすぎる、この人のことは全部。

 あの大きな手のひらの上でころころ転がされている気がする。ここ最近ずっと揺らされ続けて酔ってしまっていて、頭の中はグラグラで胸の中も消化不良を起こしているんだ。

「でも、学校行ったら会うよ」
「おう」
「だからそれでいいんじゃないの?」
「…なんかよくねえんだよな」
「…それは坂田くんもちゃんとわかって言ってる?」

 また返事はこない。会話が成立しないなら早く電話を切りたかった。妙なこの空気を終わらせたかった。
 だってこの人は友美に腕を掴まれながら、わたしを手招きしている。女の子を取っ替え引っ替えしながらわたしだけを突き放しておいて、裾をつん、と引っ張るのだ。

「わかって言ってるつもり」
「嘘だよ」
「嘘は言ってねえけど」
「じゃあ冗談なんだね」
「それでもねーよ。…だって友也も俺もななこちゃんの友達だろ? アイツがよくてなんで俺はアポとっちゃいけねーわけ?」
「…それは、」

 それは坂田くんが、友美を選んだからだよ。

 続けたい言葉はすぐに浮かんだけど、女々しすぎるセリフだったから言う前に口をつぐんだ。選ばれなかったこちらから指摘するには、かかる精神的ダメージが大きすぎる。

「それは? なに?」
「…ごめん、なんかよくわからなくなってきた」
「じゃあわかったら言って。ラインでも電話でも直接でも」
「うん」
「まァ先約あるなら仕方ねーしまた誘うわ」
「…うん」

 やめて、とは言えなかった。突然だったことを謝られて、切りたくて堪らなかった電話は簡単に切れた。呆気なかった。
 自分からはできなかったことを相手は簡単にしてしまう。あっさりと、なんとか保っていた平常心を掻き乱して逃げていく。

 友也くんとやり取りするために開いた、メッセージアプリの画面をただ見つめた。彼と予定があると言ってしまった。だから嘘を実現するための返信をしなければならない。震える指で"大丈夫だよ"と打ったけど、そう言いたい相手はこの人ではない。

 ずるい人だ。どうしてそうも、わたしの後ろ髪を引っ張るの。

 
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