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 その後、ハッと目が覚めたときにはもうお昼前だった。体を起こして伸びをすると、隣でも動く気配があった。そちらを見下ろすと薄く瞼を開いているようだった。

「晋助くん、……あ、明けましておめでとうございます」
「……あァ、そんな挨拶するんだったな」

 晋助くんも体を起こし、彼は背中を丸めて座り込んでいる。その黒髪がぴょこんと跳ねている箇所を発見し、つい触れてしまった。晋助くんは動じることなくただ視線だけをこちらに向ける。

「……うわぁ!?」

 かと思えばこちらに伸びてきた腕を首に回され、体重をかけられては一緒にベッドの上に倒れ込んだ。わたしに覆い被さっている晋助くんの顔は本当に真横にあるから、ふ、と短く息を吐いた音がよく聞こえた。きっと彼は笑っている。意外とよく笑う人なんだな、と思いながら自分も小さく笑った。

「今日はなにしたい」
「なに……やっぱり初詣ですかね?」

 わたしのその返事が採用され、寝ぼけ眼のふたりで準備したあと、晋助くんの運転する車で初詣に行った。交通量の多い道路で駐車場の順番待ちをしながら、晋助くんが好きだというロックバンドの音楽を聞いた。
 正直聞いたことのないジャンルだったが、晋助くんの好きなものに初めて触れられたのが嬉しくて、ついそのバンドを検索エンジンで調べてしまった。
 ぽつりぽつりと何気ない会話をし、じわじわ進む車の中でしばらく過ごしてようやく駐車できた。そこは思っていたより参拝客が多く、神社へ向かう途中にはたくさんの露店が出ていた。新年というめでたいシーズンも相まってとても賑わっている。
 見上げる位置にある看板を目で追いながら、ついベビーカステラの文字に心惹かれてしまう。歩調を緩めてしまいながら見ていると、晋助くんに声をかけられた。

「欲しいんなら行ってこいよ」
「うん、……あっ、甘酒もある」
「……それは俺が並んでやるから、そっち買えたら携帯鳴らせ」
「え、いいんですか?」
「ひとつずつ並んでたらいつになるかわかりゃしねえ」
「それもそうだね……じゃあお言葉に甘えて、米麹のがいいな」
「ん」

 短く返事した晋助くんはベビーカステラの列にわたしを並ばせて、彼自身は数店舗先へと歩いていく。
 こういう場所で一緒に並ばず効率重視であることに晋助くんっぽさを感じて、わたしはひとりで口元を緩めてしまいそうになった。

 目当ての物を買え、晋助くんに言われたとおり連絡しようとするとポン、と肩を叩かれた。振り向くと、そこにはちょうど探そうとしていた本人がいた。こちらが声を掛けるより先に手を引かれ、歩き始めるのに付いていくと、隣り合った露店の間に少しスペースができているところまで連れてこられた。

「紙コップで渡されるんだな」
「あ、ありがとうございます」

 こちらに差し出されたのは頼んでいた甘酒だった。受け取ろうとしたら、ひょい、とベビーカステラの入った紙袋を奪われる。
 持ってくれるってことなんだろうか。そう解釈し、再度お礼を言いながらコップの縁に口をつける。思いの外熱かった液体に苦戦しながらも飲み進めていると、何気なく見た晋助くんは紙袋をじっと見つめているようだった。

「食べますか?」
「いい。どうせ甘いんだろ」
「意外とあっさりしてるかもですよ」
「へェ」

 すると折り畳まれた縁を開けているので、珍しく甘いものを自分から食べるのだろうかと期待する。その中をしばらく覗いてからようやくひとつを取り出して、結局はわたしのほうへ差し出してくるのに「いやいや」とツッコミをいれてしまったのは仕方のないことだと思う。

「人多いのに、わたしのことよく見つけられましたね」
「あァ、お前はすぐ見つけられんぜ」
「……変な格好してるとかですか?」
「そうだっつったら怒るんだろう」
「お、怒りませんよ!」
「もう怒ってんじゃねえか」

 返ってきた言葉に照れくささを感じてしまい、返事をふざけたらまたも予想しない返しに自分ばかりが翻弄されているような気がする。

「違うに決まってんだろ。別にどんな格好でも構いやしねえが、お前だけが特別ってだけの話だ」
「……もう、晋助くん恥ずかしい」
「はあ?」
「甘酒飲みました! 行きましょう!」

 ど直球すぎる晋助くんとこれ以上会話を続けていたら心臓が持たないどころか爆発してしまいそうに感じて、わたしは彼の手を引いて鳥居を目指した。
 朱色の門をくぐった先で、手水舎で手を洗うときの水の冷たさが尋常じゃなかった。真顔になった晋助くんに、わたしは今度こそ笑ってしまう。

 人の列の最後尾に並び、賽銭箱までの順番を待っている間に晋助くんが神妙な面持ちで「あれどうやるんだよ」と切り出してきた。
 あれ、とは。そう疑問に思いながら聞き直すと、どうやら初詣に来るのが初めてらしかった。だから神社でのお祈りは二礼二拍手一礼であることを伝える。

「ななこと一緒にいるようになってから初めて経験することが多い」

 そう呟くのを聞き、わたしは晋助くんの背景を思い出してしまって、どういう表情をすればいいのかわからなくなってしまった。だけどきっと彼は何気なく呟いただけだろう。

「じゃあこれからも一緒に色々しようね」

 自然に繋いでいた手をいつもよりきつく握り締めてしまったのは、つい感情が篭もってしまったからだと思う。

 無事にお参りできたあと、人混みで気分が悪くなっていそうな晋助くんに「帰ろう」と提案した。都会の元旦の神社というのはこんなにも人がごった返すんだということを、わたしも初めて経験したし、正直気疲れしてしまいそうだった。
 また晋助くんの運転する車に揺られ、「お前の家がいい」という彼の要望に従い、わたしの住むアパートに帰ることとなった。
 アパートからほんの少し歩いた距離に、晋助くんはいつの間にか月極の駐車場を借りており、そこに慣れた様子で車を停めるのに驚いてしまった。

「……なんか、現実に引き戻された気分」
「あ? どれも現実だろ」

 カン、カン、カン、

 錆びた階段はいつ、誰が登ろうとも甲高い音が響く。それを聞くのが久しぶりのような気がしながら、自宅のドアを目指す。そして鍵を開けて、中へ入り込んでから思わず呟いてしまったが、晋助くんから真面目なツッコミを頂戴した。

 リビングに入り、外の気温は低いがなんとなく換気のために窓を開けてから、冷蔵庫の中身をチェックする。賞味期限は大丈夫そう、と振り返ったなら、ちゃぶ台かとツッコみたくなるほど小さい机の側に座り込む姿があった。
 その姿をしばらく眺めていたら不意に込み上がるものがあって、小さく吹き出してしまった。

「……なんだよ」

 それを聞いた晋助くんは怪訝そうな表情をしてこちらを見上げてくる。

「ううん、なんか、笑っちゃって」

 晋助くんの住むマンションはあんなに立派で、落ち着かないほど広くて、そこのソファーに座る姿は様になっていた。だけどそこに座り込む姿のほうがしっくりくる。それはきっとここで過ごした時間のほうが長いからだと思う。

「おかえり、晋助くん」
「……あァ、ただいま」

 素直にそんな返事が帰ってきたことにこちらが拍子抜けしてしまったが、ぷいっとそっぽを向かれてはまた笑ってしまった。

 
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