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 晋助くんは呆気に取られているようだった。薄くくちびるを開いて、ただこちらを見ている。

 ぐらりと頭を揺らしたのは自分のほうだった。ふわふわと頭の中を浮かされているのはきっと熱のせいだと思う。はぁ、と溜め息をつきながら目を閉じる。吐き出した空気すらも異様なほど熱がこもっているような気がした。
 頬に温もりが触れて、それに誘われるように目を開けると、晋助くんの手のひらが添えられていた。弾むような音を立て、一瞬くっつくだけのキスをされる。

「熱あるんだよな」

 わたしに聞いているのだと思って頷こうとすると、またくちびるが被さってくる。下唇をぺろりと舐められて、ちゅ、と吸われた。自分の口内に差し入れられる舌はやはりひんやりしており、その温度差を絡められることにぶるりと背筋が震えた。
 ふ、ふ、と息を吐きながら、酸素を求めて口を開ける。だけどそれを覆うようにくちびるは離れない。そのうち彼の腕が自分の首に回され、頭に手のひらの温もりが添えられた頃にはもう、わたしはわけがわからなくなっていた。

 ぎゅっと目をつぶっていたら後ろに倒されるような感覚があって、咄嗟に腹筋に力を入れたものの、お尻から腰、腰から背中へと固い場所へ寝転んでいく感触が広がっていく。後頭部にいつまでたってもそんな衝撃がこないのは、きっと晋助くんの腕が差し込まれているからだ。
 ようやく離れたかと思ったら、首筋に柔らかみが触れる。くすぐったさに身をよじりながらも、抵抗することはしなかった。ぼんやりする頭は違った熱にも浮かされていた。目を開けて視線を下方に落とすと、黒い髪が見えた。思わずそれに指を通す。

 口づけは下へと降りていっていたが、次の瞬間にはまたキスされる。まただ、と思って口を開け、舌を差し出す。眠りにつくように瞼を下ろしたとき、憂いを含ませた吐息が聞こえた。

「…熱、あるからって言ってくれよ」

 今度は舌を絡められることも吸われることもなく、数秒触れるだけのものだった。あれ? と思いながら瞼を押し上げると、目の前では晋助くんが何かを堪えるように眉間にシワを寄せ、熱さを含ませた眼差しをこちらに向けていた。

「…え? 熱…あります、よ…?」
「………よし」

 ハァ、と息を吐いて、晋助くんは体を起こした。

「…ななこ」

 腕を突っ張って、自分も体を起こそうとしていたら名前を呼ばれる。見上げると晋助くんは少し口元を歪めた。

「俺もお前が好きだ」

 晋助くんは下方を見回して、わたしの腕をぐいぐい引っ張る。それに従うと、布団の真ん中まで来られた。すぐに掛け布団を無遠慮に乗せられたので、その端から顔を出すと、側に落ちてたダウンジャケットを手に取る姿があった。

「だがそういうのは熱のないときにしてくれねえか」
「そういうの、ですか?」
「お前からキスしてくるとか、舌出してくるとか。煽られてんのかと思ったぜ」

 さらっと好きだと言われたことで顔に熱が集まるのを感じたが、その先に続いた言葉に自分のしていた行動を客観視してしまい、次第に恥ずかしくなってくる。

「この家に薬あんのか」
「え、えーと…たぶんないです」
「熱のほかにしんどいところは」
「頭が、痛いです。あと関節も、かな」
「何か食べたいもんあるか」
「うーん…アイスとかプリンとかは食べたい気がしますけど……あ、あの、晋助くん?」

 こちらに質問を投げかけながら、ダウンの袖に腕を通し、ファスナーを上げる晋助くんはこちらを見ない。わたしが名前を呼んだところでようやくこちらを見てくれたけど、視線はまた合わなくなる。

「それ買ってくるから寝てろ」

 服のポケットをごそごそ探ってから、晋助くんは手のひらをわたしの頭のすぐそばにつけて、肘を折って近付いてくる。くちびるが触れた先は額だった。くすぐったさにも似たもどかしさを抱えながら、わたしは彼を見上げる。

「確かに熱はあると思うんですけど、その…別にいいですよ?」
「あ?」
「わたし…晋助くんに触れたいなって思ったからキス、したんです」
「…お前なァ、」

 じろりと睨まれたけど怖さなんか微塵も感じなかった。晋助くんの優しさは嬉しかったけど、この部屋から彼が出ていってしまうのが少し嫌だった。引き止めるようにダウンジャケットの裾をつまむと、そこに手が重ねられる。
 
「…まァ、熱でわけわかんなくなってる表情も見たいといえばそうだが、久しぶりだから優しくしてやれる自信がねえんだよ。だからさっさと熱下げろ」

 明日も明後日も、ずっとここにいるからいくらでもしてやるよ。そう付け足して、晋助くんは優しげに微笑んだ。

 
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